でも彼女を見つめる私の視線に気付いたのか、こちらを向いた日菜ちゃんと視線がぶつかりあう。
日菜ちゃんは一瞬眉間にしわを寄せ、怪しげな目を私に向けたけれど、私のことを覚えていてくれたのだろう。その表情は、すぐに何かに気付いたようなものに変わった。
その後、日菜ちゃんは私から視線を逸らすとその場にしゃがみ込み、一緒に遊んでいた子に何かを言った後、またねと小さく手を振った。
そして私の方に駆け寄ってくる。
「凪さん……ですよね?お兄ちゃんの、友達の」
私より少し背中低い日菜ちゃんは、ちらりと私を見上げて首を傾げた。だから私はその言葉に、微笑みながら頷く。
「あの時は、挨拶だけになってごめんなさい。改めて、日菜です」
「柊斗から少しだけ話は聞いたことあるんだ。大切な妹だって言ってたよ」
「え、お兄ちゃんが?……それはすごく嬉しいなあ。本人には恥ずかしくて言えませんけど、私もお兄ちゃんのこと、大好きだから」
恥ずかしそうに肩をすくめた日菜ちゃんは、やんわりと目を細めて笑う。
その穏やかな笑顔は柊斗にそっくりで、二人は血の繋がった兄弟なのだなあと改めて実感する。
「日菜ちゃんは、柊斗のことが本当に大好きなんだね」
私の言葉に、ゆっくりと縦に首を振った日菜ちゃん。
「お兄ちゃんは、私がつらい時も、いつも隣にいてくれたから。お兄ちゃんが笑っていると、私、とっても嬉しいんです」
そう言って静かに目を閉じた彼女の唇が、僅かにだが震えたのが分かる。
……そうか、日菜ちゃんもまた、穏やかな笑顔の裏側に柊斗と同じ苦しみや悲しみを抱えているのか。
もう彼女らの過去を知っていた私は、今、日菜ちゃんが何を思っているのか、なんとなく伝わってしまう。
「……ねぇ、日菜ちゃん。ちょっと話せない?」
気付けば私は、そんな文句を口走っていた。
なぜ自分が日菜ちゃんと話したいと思ったのか、明確な理由は分からない。けれど、知りたいと思った。柊斗の時と同じように、日菜ちゃんの気持ちを、思いを。
「実はね、柊斗から、以前に何があったかは聞いてるんだ」
「……お兄ちゃん、凪さんにあのこと、話してるんですね」
「うん。全部聞いたよ」
日菜ちゃんはその言葉に小さく笑うと、唇をきゅ、ときつく噛みしめる。少し憂いを帯びた彼女の表情からは、何を考えているのかまでは読めない。
でもしばらくして、日菜ちゃんは閉ざしていた唇をそっと開いた。
「凪さん、私の話、聞いてくれますか?」
日菜ちゃんは柔らかな声色でそう言うと、開いていたベンチを指差す。私はコクンと頷いた後、彼女とともにそのベンチへと腰かけた。