自分の母に生まなければよかったと言われ続けた柊斗は、自分が本当にいらないんじゃないかと考えるようになった。同じことを永遠と繰り返されるうちに、生まれたことが間違いだと思うようになった。……これじゃ、まるで洗脳と同じ。

あまりの悲惨さに上手く相槌も打てず、黙り込んでしまった私を見て、柊斗は優しく微笑んだ。

「この頃からかな。夜眠るのが怖くなったのは。母さんは毎日気分の浮き沈みが激しくて、いい時と悪い時が明確だったから。明日の母さんはどんな風なんだろう、元に戻っていればいいな。そう思いながら俺は幼かった日菜を抱きしめて、平穏な明日を願った」
「……うん」
「心のどこかでは思ってたんだ。母さんはきっと、元に戻ってくれる。俺たちのことが大好きだから、今日こそ、明日こそ。〝ごめんね〟って抱きしめてくれるって。もう一度、母さんの優しい笑顔に、会いたかった」

空は未だ曇っていて、柊斗の横顔を暗く見せる。

「今は、ちゃんと眠れてる?」
「まあ、ぼちぼちかな。去年から精神科に通院していて母さん自体は落ち着いてるけど、それで終わりってわけじゃないんだよね。傷付いた方の心には、なかなか消えないトラウマが植えついてる。……簡単には、忘れられないよ。今もたまに、母さんがまたああなるんじゃないかって眠れなくなることもあるし」

初めて語られる柊斗の過去の数々に、壮絶な体験に、私まで胸を締め付けられるよう。柊斗の気持ちを想像すると、自然に涙がこみ上げてくる。

「……苦しかったよね」

小さくこぼれた私の言葉に、柊斗は口角を上げゆっくりと頷いた。

「そうだね、苦しかった。つらかった。悲しかった。もう心がズタズタに切り裂かれて、何度も日菜を抱きしめて泣いた。当時は、毎日が生き地獄だった」
「……それでも柊斗は、頑張って毎日を耐えて生きてきたんだね」
「うん。本当は一度だけ、ね。あまりにもつらすぎる日々に耐えかねて、もうこのままいなくなってしまおうかと思った時があったんだ。でもそんな俺を引き止めてくれたのは、日菜の存在だった」
「日菜ちゃん……?」

柊斗の妹である、日菜ちゃん。当時は柊斗の言う通り、まだまだ幼かったはずだ。

「俺がもしもいなくなれば、日菜はいつまでもひとりで母さんの暴言に耐え続けることになる。日菜を守ってやれる人がいなくなってしまう。そう思うと、簡単に死ぬわけにはいかなくて。日菜の存在があったから、きっと今、俺は生きてる」

それを聞き、やっと柊斗の言った『そんな俺を引き止めてくれたのは、日菜の存在だった』という言葉の意図が分かった。

確かに柊斗がもしも消えていれば、幼い日菜ちゃんを一番そばで守ってあげられる人はいなくなっていた。

そうなれば、いつ終わるかも分からない暴言を日菜ちゃんはずっとひとりで受けることになる。……私が柊斗の立場でも、きっと同じ選択をするだろう。