柊斗に何か言葉をかけるべきだろうか、と思ってはいるものの、いざ柊斗を目の前にすれば何を言えばいいのかも分からなくなる。

だから、私は隣にいる柊斗の温もりを感じながら、ひたすらに前を見つめていた。

「……あのさ、凪」

柊斗に、名前を呼ばれるまでは。

それは急な出来事で、思わず肩が分かりやすく跳ねてしまう。右隣に座っていた柊斗は、「驚かせてごめんね」と申し訳なさそうに眉を下げた。

「でも、ありがとう」
「……ん?」

告げられた感謝の気持ちの意図がすぐには理解できなかった私は、柊斗を見上げて首を傾げた。その瞬間に潮風が吹き、私の胸下まで伸びた髪をさらりと揺らす。

「俺のこと、ここに誘ってくれてありがとう」

柊斗は、そんな風のような優しい笑顔を見せると、私から目を逸らし正面を向いた。

「気付いてたんだ。凪が、母さんと日菜に会った時。あのとき凪は、母さんと俺の間に何かあったって察したんだろうなって。気付いてたけど、凪は何も言ってこなかったから、それに俺は甘えたんだ」

前を見つめたまま言葉を放った柊斗は、ゆっくりとまぶたを伏せる。

「……柊斗は、分かってたんだね」
「うん。それに、多分一昨日の夜や昨日も、ずっともやもやしてたんじゃないかな。……違う?」

閉じていた目を開け私の方をちらりと見た柊斗を前に、たとえここで誤魔化したとしても、隠し通せないと思った。

柊斗は、気付いていたのだ。私が一昨日の柊斗の表情から何を想像し、どんなことを考えていたのか。……そんな柊斗のことだから、私がここへ柊斗を誘った意図ももう理解しているのだろうなあ。

そう思い、私は柊斗の質問に小さく頷く。

柊斗は少しだけ頰を緩めると、視線だけを下に落とした。そしてそのまま何度か浅い呼吸を繰り返す。

その姿は、自分自身を落ち着かせようとしているように思えた。

「……凪、あのさ」

耳を済ませていないと、波音に簡単にかき消されてしまいそうなほど小さな声。

けれど、きっと柊斗が懸命に勇気を振り絞って放った言葉だ。それを聞き逃すわけにはいかない。私は必死に次に発されるであろう台詞に耳を傾ける。

柊斗はもう一度息を長く吐いた後、少し唇を震わせながら。

「凪に聞いてほしいことがあるんだ」

そう、弱々しく呟いた。