こうして柊斗に話を聞いてもらうことができて、本当によかった。
「……ほら、凪。見てみなよ」
柔らかな柊斗の声に顔を持ち上げ、前方に目を向ける。
そこには、どこまでも青く続く大海原があった。
透明に近い青をした海は空の色を丁寧に映し、日差しの加減と雲の動きが微妙に海の色を変える。
少し離れたところに船が一隻見え、多くの水飛沫を上げながら通り過ぎて行く。
今は特に日差しが強い。それ故にその飛沫がきらきらと太陽に反射して、それはまるで無限に止むことのない光の雨のよう。
「とっても綺麗だね」
思わず飛び出たのは、感嘆の声だった。
「……でしょ?今日は凪をここに連れて来られてよかった」
「私も、ここへ来てよかった」
私はとびきりの笑顔を見せた。
「柊斗のおかげで、あかりに向き合う決意ができたよ。あかりに、ちゃんと自分の思いを伝えたいと思う。……これ以上、彼女を傷付けないためにも」
「……そっか。頑張れ、凪」
しっかりとした口調で言い切った私を、柊斗は嬉しそうに眺めている。そんな柊斗を見ていると、なんだか私もすごく嬉しくて、もっともっと笑顔になれるんだ。
それから私たちは、しばらくふたりで目の前の素敵な景色を堪能した後、いつもしているような他愛のない話を始めた。
柊斗といると、笑いが絶えない。そして何より、どれだけ気分が落ち込んでいるときでも、私を穏やかな気持ちにさせてくれる。
私は、目尻を垂らし悪戯に笑う柊斗に心の中で語りかける。
──ねぇ、柊斗。私ね、柊斗といると、とても安心するんだよ。いつもいつも、本当にありがとう。
今はまだ恥ずかしくて言葉にできない言葉の数々。それをこっそりと脳内で文章にした、その時。
「ん?」
テレパシーのような何かを感じたのか、突然こちらを振り向いた柊斗。「何か言った?」と不思議そうに首を傾げた柊斗に、私は慌てて首を横に振る。
「本当に?」
「うん、本当」
「絶対に絶対?」
「そうに決まってるじゃん」
どれだけ問われてもしらを切る私に、柊斗は折れたようだ。少しだけ不服そうに唇を尖らせた後、まあいいけど、と私の額を人差し指で小突く。
「うわあ、びっくりした」
急な出来事に驚いて、私は目を丸くした。この海に響くくらい大きな声が出て、とても恥ずかしい。
……もう、柊斗の馬鹿。意地悪だなあ。
睨みつけるように柊斗を見れば、私を驚かせた本人は楽しげに目尻を落としていて。心の奥底の部分が、僅かにトクンと淡い音を立てた。
この感情は、一体なに?
今まで体験したことのないことに戸惑い、一旦自分なりに考えてはみたけれど、それでも納得する答えの出なかった私は、考えることを放棄した。
結局その日は柊斗と海を眺めながら談笑し、家路についたのは午後五時を少し回った頃だった。