柊斗は今にも大声をあげて泣き出しそうだった私の掌に優しく触れ、「でもね、凪」と柔らかい口調で言った。

その瞬間、さらりと吹く潮風。私は導かれるように、彼の顔をゆっくりと見上げる。

「凪は、ちゃんと自分の思っていること、感じていることを伝えても大丈夫なんだよ」

その先にあった柊斗の顔は、とても優しかった。

「確かに、自分を殺しながら生きて、周りに合わせて笑っていたら、自分も周りも傷付かなくて済むかもしれない。でもね、そうじゃないんだ。きちんと言葉にしなければ、伝わらないこともある。特に自分が大切に思っている人には、言わないと。そうじゃなければ、その選択は、いつか自分も他人も傷つけてしまうことになるよ」

柊斗の言葉に、視線を落とす私。私の目線の先には、太陽の光を映しながら寄せては返す波が映る。潮風が、私の髪の毛をふわりと揺らした。

「前に、一度だけ凪に話したことがあるけど。初めの頃の凪は人見知りなこともあるのか、自分の言いたいことを言えずにいるのが俺にも分かったから。もっと仲良くなれたらいいなあって、心を開いてくれたらいいなあって思ってたって」
「……ん」
「きっとあかりちゃんも、同じなんじゃないかな」

穏やかなトーンで押し出された柊斗の言葉に、再びあの日のあかりの台詞が思い出される。

……本当だ、柊斗の言う通りだ。

あかりはいつもいつも、私のそばで笑っていてくれた。私が話しやすいように、色々な話題を持ちかけて場を和ませてくれた。……けれど、いつまでも自分の思いを表出することを恐れて逃げていたのは、私の方だったんだ。

「凪は凪らしくいていいんだよ。我儘も言っていいし、自分の意見を堂々と伝えてもいい。もしもすぐに自分を曝け出すことができないんだとしたら、少しずつでいい」
「……ん」
「無理する必要はないから。凪が一歩一歩前を向けるように、俺が見守ってる」

柊斗はそう言って、真剣だった表情をゆるりと崩すと、私の頭に掌を乗せた。そしてゆっくりと髪の毛を撫でてくれる。柊斗の掌の心地よさと、声の優しさと、言葉の暖かさと。そのどれもが心まで響き、とても安心する。

スーッと心の重荷が少しだけ降りていく、そんな気がした。

柊斗の言葉は、まるで魔法だ。

こんなにも私の心を優しく包んで、寄り添ってくれるのだから。

「ありがとう、柊斗」

お礼を言い、そっと目を閉じる。

その瞬間、小さな雫が私の瞳からこぼれ落ちた。私は何も言わず人差し指でその塊を掬い、柊斗を見上げてにこりと笑う。

〝もう大丈夫だよ〟と心中で唱えた私の気持ちは、柊斗にきちんと伝わったかな。……ううん、きっと、言葉なくとも伝わっている。

その証拠に、ほら、柊斗は安心したように目を細めた。