「凪はさ」
「ん?」
「昔から、自分の意見を言うのが苦手だったの?それとも、何かそうなるきっかけのようなものがあったの?」

その言葉に思い出すのは、あの小学生の頃の出来事。嫌な記憶が一気に蘇り、思わず口を噤んでしまう。

私の表情が強張ったことに気が付いたのか、柊斗が「もし話したくなかったら、無理に話さなくていいから」と言葉を付け足した。

……このことを他人に話すのは、思えば初めてだ。

緊張にどうにかなってしまいそうで、私は柊斗の顔をちらりと見上げる。その先にいた柊斗は、真剣な表情で私のことをじいっと見つめていて、柊斗はちゃんと正面から私に向き合おうとしてくれているのだとなぜか安心した。

「……私が自分の気持ちを言えなくなったのは、小学五年生の時。クラスでも派手なグループにいた女の子に、理不尽な頼み事をされたの。でも私には用事があったし、おかしいと思ったから、私はその頼みをきっぱりと断った。……そしたら、次の日、ケチだの最低だの、チクチクと小言を言われるようになって……」

あの日のことを思い出そうとすれば、いつも胸の中心が痛む。途中で声が震え、私はワンピースの裾を汗ばむ掌できつく握りしめた。

「あの日のことを、後悔してる。頼み事を素直に受け入れていればよかった、自分の感情なんて捨てて、にこにこと笑って彼女の望む通りに動けばよかったのかなあって。それからの私は、愛想笑いを浮かべて周りに合わせて動くばかり。自分の思いを誰かに伝えることが、苦手になったの」

柊斗がどんな顔をしているのか見るのが怖くて、顔を俯ける私。

「……凪」

そんな私の耳に届いたのは、私の名前を呼ぶ優しい柊斗の声だった。その声につられるようにして右隣にいた柊斗をちらりと見上げると、柊斗は穏やかに笑って私を見つめている。

それはまるで、凝り固まった心の氷を溶かしてくれるような、私の気持ちをまるごと包み込んでくれるような、そんな柔らかな笑顔。

「話してくれて、ありがとう」

その一言を聞いた時、柊斗は話すことができてよかったと思った。柊斗のその笑みは、すぐそばまで押し寄せていた涙を誘う。

「今までたくさん苦しんだんだね。自分の気持ちを隠して生きるのも、きっと簡単なことじゃなかったと思う。自分を偽りながら笑うのも、あかりちゃんに本音を話せずすれ違ってしまったことも、つらかったね」

私の気持ちを整理するように柊斗が放つひとつひとつの言葉は、私の胸に真っ直ぐ届く。私は拳を握ったまま、何度も縦に頷いた。