その後、数分が経過しただろうか。
人通りが多くないこの場所は、波音がよく耳に届く。その音色はとても柔らかく綺麗で、私の心を安らげてくれるようだ。
無限に寄せては返す波を眺めながら、どうせならこのまま、私の中にある弱さも攫ってどこかへ連れて行ってくれたらいいのにと思っている自分に気付き、柊斗に悟られないように呆れ笑いを浮かべる。
……そんなこと、できるはずがないのだから。
「……凪?」
考え事をしていると、柊斗に名前を呼ばれた。いけない、ボーッとしていたみたいだ。せっかく今日は、柊斗と会っているのに。
私は慌てて柊斗にちらりと目を向け、できるだけ明るく見えるように声高らかに言葉を押し出す。
「ごめんごめん。あまりにも景色が素敵すぎて、見惚れてた。すごいね、ここ。絶景だ」
きっと、上手く喋れていたと思う。上手く笑えていたと思う。自分の気持ちを押さえ込んで、何もなかったかのように笑うのは昔から得意だから。
それなのに、柊斗はそんな私を見てもピクリとも笑わない。眉を下げ、心配そうな表情で私の目を見つめている。
「……あのね、凪」
……ねぇ、柊斗。やめてよ。そんなにも悲しい顔で、私のことを見ないでよ。私の気持ちを分かっていると言わんばかりに、……優しく微笑まないでよ。
「俺が今日凪を呼び出したのには、理由があるんだ」
「理由?」
「そう。最近の凪は、すごく元気がなさそうだったから。……あかりちゃんともぎこちないし、喧嘩でもしたのかなあって。だから、凪に元気になって欲しくて、笑顔になってほしくて、ここに呼び出した」
柊斗が教えてくれたのは、とても真っ直ぐな理由。
耐えきれず柊斗から目を逸らしたのは、私の方。
柊斗はやっぱり、気付いていたんだ。
最近の私とあかりが上手くいってなかったことも、そのことで私が自分自身を情けないと感じていたことも。言いたいことが何も言えず、大切な存在だったあかりを悲しませてしまって、そんな自分に嫌気がさしていたことも。
全部全部、伝わっていた。
……情けないなあ。こうして柊斗にも気を遣わせてしまって。
「私、そんなに元気なかった?」
それでも素直になれず、おどけたように笑う私。柊斗は数秒まぶたを閉じる。そしてもう一度柊斗と目が合ったとき、その瞳の力があまりにも強くて、もう隠せないと思った。
「凪に何かあったんだなってことは、すぐに分かったよ。同じようにあかりちゃんも元気がないように思えたから、二人が喧嘩をしたのかもって。そして、そのことで凪が思い詰めてるんだってことも」
「……うん」
「凪は初めて俺と会った頃よりも、いい笑顔を見せてくれることも増えた。だけど、ここ最近の凪は、偽って笑うか、自分を追い詰めている表情を浮かべるか、そのどっちかだったから。凪は誰にも相談できず、苦しんでいるんじゃないかなと思って、俺は、どうやったら凪の心を軽くしてあげられるんだろうって、毎日考えてたんだ」
「……」
「結果、いい答えはでなかった。でもね、それでも凪を笑顔にしたいと思っていたある日、この堤防から見える海のことを思い出して、これだって思ったんだ」
そう言って、柊斗は真っ直ぐ前を向く。