けれど私は別に怒っているわけじゃない。柊斗のあまりに必死な顔を見ていると、自分でも不思議なことに、自然と頰が緩んで笑い声が漏れた。

「……凪」

その様子を見た柊斗が、小さな声で私の名前を零すように呟く。

「その笑顔、すごい自然でいいと思う……」
「え……」
「もっと今みたいに、目がくしゃくしゃになるくらいの凪の笑顔、見たいなあ」

柊斗は優しげに目を細めると、自分もにかっと白い歯を覗かせた。

さっきは本当に、自分でも驚くほど自然に笑顔が出せていた。誰かと話しているうちにこんなにも自然に笑みがこぼれることが指折り数えるほどしかなかったから、柊斗はすごいなあと思う。

「凪は、もっと自分に真っ直ぐになれたらいいんじゃないかなあって、俺は思うんだ」
「真っ直ぐ、ね」
「自分のやりたいことだったり、心で感じたことだったり。俺はもっと凪のことを知りたいな。もしかしたら凪にとって難しいことかもしれないけど、俺や悠真、あかりちゃんの前では凪らしくいてほしい」

再び、大きく音を立てる私の心臓。……やっぱり、柊斗には伝わっていたんだ。私が自分の意見をあまり発信しないことも、彼らの前ですらまだ自分を晒け出せていないことも。柊斗はそれに気付いていた。

「……うん、ありがとう」

心のどこかで、また自分の弱さを情けなく思う気持ちが生まれたけれど、それでも少し嬉しかった。柊斗が、〝自分たちの前では凪らしくいてほしい〟と言ってくれたことが。

私にとって自分の過去を受け止めることや、その上で素直な気持ちを伝えることは、容易なことではない。でも、少しずつでもいいのかもしれない。無理せず、自分のペースで。

私の横で優しい笑みを浮かべる柊斗を見ていると、そう思えてくるものだから、不思議だ。

「……さあ、母さんが来るまであと十分ほどか。凪のこと、一つだけでも教えてよ。……だめ?」
「ふふっ、……ううん。じゃあ、私の好きな食べ物を当てて?」
「食べ物ね、分かった。今から俺がいう五つの中に正解があったら、教えて。パスタ、アイスクリーム……」

結局その日は、柊斗のお母さんから着いたよとメッセージが来るまで、こうして私の好きなものを柊斗に知ってもらった。

柊斗といる時間は暖かくて、凝り固まった私の心を優しくほぐしてくれるみたい。私の言葉一つ一つを聞いて、何一つこぼさずに拾ってくれる柊斗。本当に素敵な人だなあと、実感した一日の終わりだった。