「ただいま」
明かりのない家に辿り着いたのは、二十一時を少し回った頃。
挨拶をしても、誰も何も返してこない。家族は家にいないのだから当たり前だが、それでもいつもの蓮の笑い声が聞こえないのは寂しく感じる。
私は二階の自室へ上がると、荷物をベッドの上に投げ捨て、何となく部屋の窓をそっと開けた。
ああ、今日は久しぶりに大勢の友達と遊ぶことができて、楽しかったなあ。涼やかな風を浴びながら、私は今日の余韻に浸る。でもそれと同時に、言いたいことがあっても言い淀んでしまう、そんな自分に嫌気も刺した。
もやもやを捨てるように小さく息を吐き出し、濃黒な暗闇に目を向ける。
真っ暗な夜空を見上げたまま、私はあの日のことを思い出していた。
それはあの、小学五年生の時に経験した出来事。
幼い頃から人見知りだった私だが、それでも昔は自分の意見をよく発信できる女の子だったと思う。少なくとも、あの時までは。
当時五年生で給食委員会に入っていた私は、その日の給食担当の当番の子たちに混じりながら、みんなの給食の配膳を手伝っていた。そして給食を食べ終わり、片付けをしていた時のこと。
『凪ちゃん、悪いんだけどさ、この食べ残りを入れている缶、持って行ってくれない?給食委員でしょ?』
私は、クラスの中でも派手目な類に含まれる、いわゆるスクールカーストの上位にいるような女の子に話しかけられた。彼女は今日の給食当番だった。
その食べ残りの缶を給食室まで持って行くのは、給食当番の役目。クラスの決まりでそう決められている。私もこの後は給食委員会としてクラス全員の机を拭くという仕事があったから、彼女の頼みを申し訳なく断った。
それでも、『凪ちゃん、給食委員じゃん』と私に無理に仕事を押し付けてこようとする彼女。普段は温厚に友達と接していた私だったけれど、この日ばかりは正当な理由もなく〝私が給食委員だから〟という理由で自分の仕事を放棄しようとする彼女を許せなくて、もう一度きっぱりと断ることにした。
『ごめんね、私、給食委員かもしれないけどね、この後みんなの机拭いたりしなきゃいけないの。それに、みんな当番の時はその缶持って行ってるんだから、今日は持って行ってくれると嬉しいな。私はやることもあるし、代わりには行けない。……ごめんね』
すると私の言葉が伝わったのか、彼女は小さく『……分かったよ』と呟くと、その大きな缶を両手に握りしめて私に背を向ける。でも彼女が背を向けて一歩踏み出す直前、私の耳に届いたのは、彼女が舌打ちをした音だった。
ああ、怒らせてしまったかな、と直感で思う。