「……起きられるよ。私だって」
「凪、朝は強い方だと思うって言ってたもんね」
「うん。柊斗の方こそ……ううん、なんでもない」
「ん?俺の方が?」

柊斗の方が朝が弱そうに見えると言おうと思ったんだけれど、これで柊斗が気を悪くするかもしれないと思うと、寸前で言葉を飲み込んでしまった。でも柊斗がそれを聞き逃しているはずもなく、「俺が、なんだって?」ともう一度彼は柔らかく笑いながら言った。

それでも色々なことを考えて口にできずにいると、柊斗は一旦まぶたを伏せてから、しっかり私と目を合わせ、「……分かった」と小さく呟く。

「凪が嫌なことは、言わなくていいよ。また凪が言えそうな時にでも教えてくれたら」

そう言った柊斗は、綺麗な笑みを見せる。

……無理に聞かないんだ、と思った。今まで話す機会があったクラスメイトの男子や女子の友達は、自分の意見をなかなか言えない私に対して、少しイラついていたり、強引に意見を求めたりされることもあった。だからこうやってすんなりと引く彼に、少しだけ驚く。

「ほら、もうすぐネモフィラ畑に到着だよ。しっかりと楽しもう」

私の様子を伺いながら、テンションを上げるように柊斗はそう口にした。気を遣ってくれた柊斗には申し訳ないなあと思ったけれど、ここはありがたく柊斗の優しさを受けることに決める。

私は「うん、楽しもうね」と短く返答をすると、縦に小さく首を振った。

それから電車は数ヶ所の駅を超え、次の駅が私たちが降りる場所だ。木の葉や山々など、緑で溢れた景色の中をスピードを上げながら列車が走る。それから数分後、電車はゆっくりホームへと到着した。

開いた方のドアとは反対側にいた私たちは、先にお年寄りや子連れの女性が降りるのを確認し、自分たちの番を待ってから降車する。

「よし、じゃあネモフィラ畑に向かいますか」

楽しそうに張り切っている悠真くんに続くように、次々と改札を通過する私たち。

笑顔を浮かべているのは悠真くんだけではなく、あかりや柊斗も〝楽しみだね〟と声を漏らしていて、私も少しずつ気分が上昇していく。

そして歩くこと五分。駅へ降りたときから人の多さは感じていたけれど、やっぱりネモフィラ畑には多くの人が観光にきているみたいだ。ゴールデンウィークで、かつ晴天だということもあるのだろう。

私たちはその人混みを上手くすり抜けて、ネモフィラ畑への入場券を購入するための券売機へ向かう。それぞれが財布を出し、券を手に入れたあとは、入場ゲートへ足を運んで中へ入った。

「……うわあ」

歩くことほどなくして、私たちの前に姿を現したのは、広大な瑠璃色の絨毯。

「何これ、すごく綺麗……」
「すっげぇ……ネモフィラって、いくつも集まるとこんなに綺麗になるんだな」

あかりと悠真くんから思わず感嘆の声が漏れる。もちろん私も、目の前に広がる絶景に目を奪われていた。

「ネモフィラ畑って初めて見たけど、すごく綺麗だね」

右隣にいた柊斗がこぼした言葉に、私は力強く頷く。

雲ひとつない晴天の空の下に咲く、無数の瑠璃色の花。小さな小さな花だけれど、こうしていくつもが集まれば、それはまるで大きな花の海のよう。

美しく咲き誇るネモフィラと、真っ青で何の翳りもない空。それぞれ微妙に異なった青が織りなすハーモニーは絶妙で、見るもの全ての目と心を奪う。

今までにも色んな景色を見てきたが、この景色はその中でもトップクラスに躍り出るだろう。そのくらい、私の瞳に映る世界は美しかった。