そのただならぬ雰囲気に、思わず背筋をピンと正す私。
「俺、もう一つ決めていたことがあるんだ」
「決めていたこと?」
「うん。凪にね、聞いてほしいことがあって。……といっても、当日にいきなりだと、上手く言葉にして伝えられる自信がなくてさ。これ、書いてきたんだ。少しだけ凪の時間を俺にちょうだい」
柊斗がバッグから取り出したのは、一枚の小さな封筒。暗がりの中でも、それが手紙だということはすぐに分かった。
……けれど、柊斗がわざわざ私に手紙?
私に聞いてほしいことがあると、さっき確かに柊斗は言った。でもピンとくる内容がひとつも頭には浮かばなくて、ぐるぐると考えを巡らせるものの、残念ながら全く見当がつかない。
いつまでもそうしているわけにもいかないし、とりあえず柊斗の手紙を聞いてみよう。
私は柊斗に向かって、コクンと小さく頷いた。
そしたら柊斗も一度首を縦に振り、封筒に手をかける。その中から現れたのは、恐らく数枚ほどある便箋。
心を落ち着けるように何度か深呼吸を繰り返した柊斗は、少し緊張した面持ちで唇を開き、自らの手紙をぽつりぽつりと読み始めた。
──────
凪へ
まずは、急な手紙でびっくりさせたよね。ごめんなさい。
凪にいくつか伝えたいことがあったんだけど、もともとあまり人前で話したり、言葉を上手くまとめて話すのが得意な方じゃないから。こうしてあらかじめ手紙を書いておいたんだ。
俺なりに試行錯誤しながら一生懸命書いたので、よかったら最後まで聞いてくれると嬉しいです。
俺と凪が出会ったのは、去年の四月。
悠真があかりちゃんを誘って、あかりちゃんがまた凪を誘って、そうして凪が塾にきたのが、俺たちの初めましてだったよね。
凪はもう知っていると思うけど、凪と出会う、ずっと前。小学六年生から高校一年生の夏まで、俺はどん底にいました。
凪には話したけれど、十歳の時に両親が離婚して、それから間もなくして母さんが壊れ始めて。俺の日常は、あっという間に変わり果てた。
実の母親に〝生まなければよかった〟と言われ、毎日のように日菜を抱きしめ怯える日々。
どうもがいても逃れられない現実。何度寝ても覚めない夢。そこはまるで終わることのない地獄にいるようで、苦しかった。つらかった。
なんで俺たちばっかりがこんなに酷い目にあわなければいけないんだろうって、自分の運命を呪ったこともある。