懸命に足を走らせ向かうのは、あの場所。
……私が柊斗に初めて思いを吐き出した、そして柊斗の過去を知った、私たちにとっての特別な場所。
ここを待ち合わせにしようと提案したのは、私の方だった。
理由はただひとつ。
私たちは確かにあの場所で、互いに本音を打ち明けた。苦しみや悲しみに寄り添おうと、肩を寄せ合った。……だからこそ、二人がそれぞれに抱える問題にぶつかった結果を伝えあうのは、他のどこでもなく、あそこがいい。そう思ったから。
私は全力で夏の街を走り抜ける。
ちょうど日没に入りかけているだろうか。空は茜色に染まり、真っ直ぐと見つめたその先には大きな夕日が堂々と沈み始めている。日が完全に落ちるまで、あと少し。
行け、と足を弾ませる。吹く風は生温く、額に汗が滲む。
けれど、私は走り続けた。
そしてホームに向かい、電車の時刻を確認する。どうやら、あと五分後に次の列車が到着するらしい。
その車両を待つこの数分さえももどかしく感じて、何度もスマートフォンを開き時間の経過を辿った。
それからしばらくして、ようやく電車に乗り込むことができた私。目指すは、柊斗の待つあの堤防。
ガタンゴトンと電車に揺られている間、外の景色に目をやる余裕もなく、ずっと考えていた。……他の誰でもない、柊斗のことを。
目的地に着いたのは、午後七時半分を少し過ぎた頃。辺りはもう薄暗く、太陽の光もなければ、夕日もほとんど地平線の向こう側に沈み切っている。
ここらを照らすのは、僅かな街灯と、頭上に存在している円形の月から放たれる月明かりだけ。
柊斗は、もう着ているのだろうか。私の連絡に《了解》と返事が来ていたから、もうここへいてもおかしくはない。
暗闇の中、懸命に目を凝らし、柊斗の姿を探す。
……いた。
私の視界に映ったのは、堤防に腰かけながら真っ黒な海を眺める、柊斗の背中。
「柊斗」
私の声に振り向いた柊斗は、私を見た瞬間、ゆっくりと目尻を落とす。
「……凪、連絡、遅くなってごめんね」
そう言う柊斗に首を横に振りながら、私は何も言わず彼の隣に静かに腰かけた。
昼間の海はあんなにも綺麗に輝いているのに、夜の海はなんだか少し怖い。寄せては返す波音だけが聴覚を支配し、瞳に映る暗闇に包まれた世界は私たちをまるごとのみこんでしまいそうだ。
「……俺ね」
じいっと目の前に広がる広大な景色を眺めていた私の横で、柊斗が小さく口を開く。
「母さんと日菜に、ちゃんと言えたよ」
柊斗の方に顔を向ければ、柊斗は穏やかな表情を浮かべて微笑んでいた。その一瞬で、全部分かる。柊斗が二人と向き合った結果は、いいものだったのだと。