ところが、そのお母さんの瞳と目があった瞬間、なぜかもう私の頭の中は真っ白も同然で、どうやって話を切り出そうとか、こういった内容を話そうとか。それらのことを密かに考えていたのに、この一瞬で何もかもが白紙の状態になってしまった。
……どうしよう、と、ひとり心の中で焦る。
「凪?」
お母さんは何も言わない私を不思議に思い、心配そうな表情で首を傾げている。荷物を整理していた手は、宙に浮いて止まったまま。
お父さんもただならない異変に気付いたのか、ソファーに腰掛けた状態で上半身だけを捻らせ、私の方に顔を向けた。
その視線が、どことなく痛い。
こちらに向かって伸びる二人分の視線に耐えることができなくなった私は、静かに目を逸らす。そして懸命に知恵を振り絞り、どうすべきかを考える。
一度、ここで何でもないと笑って誤魔化して、また頭の中で文言を整理して出直すか、あるいは、もうありのままの言葉をそのままぶつけてしまうか。
色々な考えを張り巡らせて考えた結果、最終的に出てきたのは、後者に述べた答えだった。
どんなにめちゃくちゃな文章でもいい。分かりにくくても、教科書に載せてある文のように整っていなくてもいい。
だってあの日、柊斗が言ってくれたのだから。
──凪は、凪のままでいていい、と。
だったら、とことんありのままの私でぶつかろう。
……私なりの文章で、私の思うままの気持ちを。お母さんに、お父さんに、きちんと真っ直ぐな気持ちが伝わるように。
「お父さん、お母さん、あのね……」
「凪、どうしたの?そんなに真剣な顔をして」
「そうだぞ。これから蓮のお見舞いに行くっていうのに。何かあったのか?」
消え入りそうな声で口を開いた私の表情を見て、お母さんとお父さんの表情にも心配の色が濃く見え始める。
私はそんな二人に近付こうと一歩一歩足を進め、お母さんとお父さんが座るソファーの前までやってきた。
「ふたりに、聞いてほしいことがあるの」
意を決して喉の奥から言葉を押し出すと、二人はいきなりの出来事に目を丸くして驚いていたが、それからすぐにお母さんの方がお父さんの顔をちらりと見る。
「……お父さん。凪の話を聞いてあげましょう。病院の面会時間は二十一時までなんだし、蓮のお見舞いは、その後でも十分間に合うから」
そう言って、お母さんは少しだけ左側に身体を寄せると、お父さんと自分の間に私一人分が座れるくらいのスペースを設けてくれた。お父さんもそれには賛成のようで、少々戸惑ってはいたけれど、小さく頷く。
そんな二人の間におずおずと身を収めるように、私はソファーに腰かけた。
無言の時間が数秒続き、チクタクと時計の針が時間を刻む音だけが部屋中に鳴り響く。
目線だけを左右に振れば、お父さんもお母さんも、私のことだけを見てくれていて。……その状況になぜだか胸が痛くなり、グッと熱いものが込み上げる感覚に陥る。
「……私、ずっとね」
気付けば、私の唇からは自然と声がこぼれ落ちていた。