今思えば、何と無謀だったのかと思う。
 それでも――。
 五山の送り火は午後八時に点火され、東山に大の字が浮かび上がり、続いて、万灯籠山(まんどうろうざん)と大黒天山に妙・法、西賀茂船山に船形、大北山に左大文字、そして、嵯峨・曼荼羅山(まんだらさん)に鳥居形が点って行く。
 夏の夜空を焦がすそれらに俺の決意も燃え、この町で洋食の料理人として生きていくと天にいる祖母に誓ったのだった。
 親戚に啖呵(たんか)を切って四年もかかってしまったが、これからは俺も料理人の仲間入りである。
俺は送り火を見終わって、帰路についた。
 俺が育ち、祖母がおばんざい屋をやっていた家は、祇園の裏通りにある。花街界隈と違って夜は人気は減り、何かがぬっと出てきてもおかしくはない。
 何しろこの町は、その手の話の宝庫だ。鬼が昔は出たとか、町を百鬼夜行をしていたとか。
 遅くまで起きていると鬼に喰われると、子供の頃に祖母に言われ夜、一人でトイレに行くのが怖かった事がある。
 しかし今や二十一世紀、鬼が怖くて小便を漏らす年ではない。
「……え」
 おばんざい屋から洋食屋に一新した店内、カウンター席に人がいた。
『遅かったやないか』
「……泥棒……」
『何処が泥棒やねん! 泥棒が家主を待っているワケがあらへんやろ』
 確かに、そうだ。いや、そうじゃなく――。
「何処から入った!? 俺はちゃんと戸締まりはしたぞ!」
『腹減ったさかい、何か作ってや』
「人の話を聞け!!」
 男は、俺と年も背格好も変わらない。
 茶髪で耳にピアス、Tシャツにジーンズ、態度がやたらデカく、所謂チャラ男である。
『しゃあないなぁ。ま、これからルームシェアせなぁあかんさかいにな。俺、座敷童子や』
「は…………?」
『座敷童子、知らんかぁ? 気がついたら家の中にいてる子供の妖怪や。あ、妖怪と言ってもそなたな怖いモンやないで。座敷童子は幸福を招くいい妖怪やさかい。いやぁ、良かったなぁ。お前』
 奴は最後に、あははと笑いやがった。
「いい加減しろ。何処が座敷童子だ。第一、子供じゃないだろう! お前。即出て行け。お前のような奴に居座れたら営業妨害だ。警察に通報するぞ」
『無理やと思うで。俺、他の人間には視えんさけ。試してもええで。あ、部屋とか用意しなくてもええで。勝手にいてるから。座敷童子で出会うなんて、お前ラッキーやぞ』