教室に入って目立たなく席につき、僕は鞄からあの桜色の封筒を恐々と取り出す。裏を向けてまさに封を切ろうとした時、神野大が僕の目の前に現れた。

「透、おはよー」

 僕は咄嗟に封筒を隠した。でも神野は目ざとくそれを僕から奪い取る。

「あー、何これ。もしかしてラブレター?」

「まさか……」

 神野に誤魔化したって無駄なことは分かっている。

「とにかく返せよ」

「いいじゃん、大親友なんだから」

「おい、いつ僕が神野の大親友になったんだよ」

「初めて会ったときからに決まってるじゃん。俺がそう決めたんだ」

 白い歯を光らせるようにキリッとした笑みを僕に見せていた。

僕は友達なんて作るつもりなんて全くなかった。それが男であっても、僕は人を好きになる事を恐れていた。

「だから、俺には近づくなって言ってるだろう。不幸になるぞ」

 そう何度もそっけない態度をとって僕は断ってきた。

「そんな風に脅してもだめだ」

「脅しているんじゃなくて、本当なんだ」

 僕は過去の大切な人たちを自分のせいで失った事をまだ言った事がなかった。神野は僕の理由を知らないから冗談だと思って面白がっている。

 一体僕の何がよくて神野は僕を親友と決め付けるのか。入学して早々いきなり近寄って馴れ馴れしい態度には圧倒された。僕は無になろうとしていたのに、神野のせいでいつも騒々しくなってたまらない。

 睨んでも、怒っても、脅しても神野には全く通じない。僕のひ弱な頼りない部分がいまいち信憑性に欠けて結局僕は神野の押しに負けてしまう。

「とにかく、それ返してくれ」

「それじゃ俺にも見せてくれよ」

「わかったよ」

 手紙を再び手にして、僕はため息をついた。

「で、なんでそんなかわいらしいものを持ってるんだ?」

 かわいらしいものと神野に比喩された手紙を見つめながら、僕は今朝の事を説明した。

「おっ、あのお嬢様学校の女子高生からか。やるな、透。とにかく開けてみろよ」

 好奇心一杯に神野はニタついて僕に催促する。

「でも僕は絶対断るから」

 愛の告白と僕はすでに決めつけ、そして封筒の封を切った。

 中から出てきたものを見て、僕と神野は目が点になっていた。

 それは犬の写真だった。添えられていた手紙を僕は声に出して読んだ。

「犬だって笑うんです……」

 僕が神野に向かって困惑した顔を向けると、神野も頭に疑問符を乗せていた。

「そ、それだけ?」

「ええと、下の方にまだ書いてある。『見たら写真返して下さい。時生映見』」

 一体これはなんだ? 益々わからなくなった。

「写真を返す? お前、その時生映見って奴からそれを借りたのか?」

「貸してとも言ってないし、時生映見なんて女の子全然知らないし、何のことかさっぱりわからない」

 僕たちは一緒に犬の写真を見つめる。

 頭の部分が茶色く、口の周りから頬にかけて白っぽいその犬は柴犬だと思うが、その犬の顔がどアップで写り込んでいた。しかもそれは笑っていた――。