好きだった和香ちゃんと郁海ちゃんが僕の前からいなくなり、それを知る一弥のせいで僕の死神説がクラス全体で囁かれ、それは人の口から口へと伝わっていく。
僕のクラスから波紋が広がり遠くに伝わるほど脚色されて、僕の事を直接知らない連中の間で僕の存在は脅威的な化け物になってしまった。
僕を知らない人が僕を知る。西守透が死神通るに変わっていく。自分の事なのに他人事のようで、僕自身なんだかよくわからない。
真実は和香ちゃんと郁海ちゃんが本当に死んでしまったこと。ふたりのことを思うと、みんなから嫌がらせを受けても僕は抗う事をしなかった。僕自身やっぱり自分が原因で和香ちゃんと郁海ちゃんが死んだように思えてならないからだ。
その時から僕は絶対に恋をしないと誓ったし、女の子には近づきたいと思わなくなった。
中学に上がった頃、少しは僕の死神説も薄まっていた。知っていてもある程度時間が経つとわざわざそれを持ち出すような人もいなかった。でも僕が何者かという噂は時々話のネタとして囁かれてるようだ。
僕が好きになった女の子が死んだことで、女子生徒たちは僕の事を避けるが、あまり気にしない他の地区からやってきた男子生徒たちはそれなりに付き合ってくれていた。
一弥は僕の事を嫌いでも、長年呪われた呪縛が解き放たれて僕に復讐ができたことで溜飲を下げ、直接僕に突っかかってくることはなかった。もしかしたら僕が本気を出せば一弥を呪い殺すとでも思ったのかもしれない。
幼稚園の時、僕は一弥に向かっていなくなればいいと願った事があったけど、それは実現されなかったから、そんな力は僕にはない。だけど小学六年生のある日を境に一弥の攻撃がぷっつりと途絶えたとき、噂で一弥の飼っていたハムスターが死んだと聞いた事があった。寿命が短い動物ではあるが、もしかしたらその原因が僕のせいとでも思ったのだろうか。僕を虐めれば祟りがある。それはそれで虐めの抑制になって僕には有難たかったけど。でもその時、一弥の変わりはたくさんいて、僕が嫌われていることには変わりはなかった。
中学一年の初夏が始まろうとしているときに教育実習の先生がやってきた。たった数週間という期間だったけど、僕がクラスに馴染んでないのをすぐに感じ取り、他の生徒よりも贔屓してくれたのは嬉しかった。女子生徒たちにも受けがよくかっこいい先生といわれていたが、いつも俯き加減に猫背だから僕はあまり顔をよくみてなかった。
教育実習の先生が来たことは覚えていても、どんな顔でどんな名前だったか今ではすっかり思い出せない。でも僕に優しかったからぼんやりとした記憶だけは残っていた。
僕がその先生と仲良くなったと思った女子が、自分も先生から良く思われたくて僕に近づいてきた事があった。
「西守君、ちょっとついて来てよ」
帰りのホームルームが終わった放課後、町浦唯香が命令する。自己主張するようなきつさが僕にも突き刺さる。気まぐれに僕を出汁にして先生の側にいきたいのだ。僕が一緒に居ると僕の噂を信じている他の女子生徒はそれを鵜呑みにして避けるため、それが町浦さんには都合がいい。自分が先生を独占できると思ったからだ。
僕は言われるままにその通りにする。
「ねぇ、先生。西守君の噂聞いたことある?」
町浦さんが僕を突き出して話し出した。
先生は「噂?」と首を傾げていると、町浦さんは面白おかしく話し出した。
「死神……ですか?」
一通り聞いた後、先生はそう呟いた。
「そう、西守君って女子には恐れられてるの」
「町浦さん、あまり人の不幸話を茶化すのはよくありませんよ」
教育実習の先生は生徒にも敬語を使って話す。
「でもさ、かわいそうなのは死んだ女の子たちじゃない。西守君のせいでそんなことになってさ」
冗談で済むと思った町浦さんは、先生に注意されて気分を害し、僕に罪を着せて正当化しようとする。
久々に掘り起こされて罪悪感が蘇ってくる。何も言えずに下を向いていると先生は僕の肩に優しく手を触れた。
「人は誰しも必ず死を迎えます。その女の子たちは早くになくなってお気の毒ですが、病気でどうしようもなかったんだと思います。西守君のせいではありませんよ」
「だといいんですけど」
ボソッと僕は答えていた。
「先生もたくさん死を目の前でみてきましたけど、やはりそれは寿命や運命だと思います。世の中には災害や事故に巻き込まれてどうしようもないこともありますから」
先生にも何か死にまつわる話がありそうに思えた。
この先生とは話が合うかもしれない。僕は初めて先生の友達になりたい感情が芽生えた。もっと先生と話したいと思った時、先生は教室の入り口から顔を出したクラスの担任に名前を呼ばれた。
「教育実習なのに、やることたくさんありすぎです」
最後は愚痴っぽい事を言いながらヘラヘラ笑って去っていった。
「なーんだ、なんかがっかり。かっこいいと思ったのに、結構真面目すぎてつまんない人」
町浦さんはぶすっとしていた。
「いい先生だと僕は思う。僕の事を庇ってくれる先生なんて初めてだ」
「まだ教育実習で正式には先生じゃない。それから、私に気安く話しかけないでよね」
ふんと息を鼻で吐いて町浦さんは行ってしまった。嫌な女の子だなと思って去っていく様子を見ていると、苛立たしさで闊歩していた町浦さんは机に躓いてこけそうになっていた。不恰好で恥ずかしいのを隠すために彼女は僕に振り返り叫んだ。
「ああ、やっぱり西守のせいだ! ちょっと喋っただけで呪われてこけそうになったよ」
町浦さんを庇う取り巻きの女の子はそれを支持し、ずる賢さを見抜いてたほかの女子は呆れた顔を見せていた。でもやっぱり、直接僕を庇おうとする人たちは皆無だった。
教育実習の先生のお陰で僕は少し救われたように思ったけど、いくら先生が僕のせいじゃないと言ってくれても噂が消えることはなかった。先生は去っていき、僕は心の拠り所を簡単に失う。不吉な奴、縁起の悪い奴といわれながら日々を暮らしていた。
そして僕はやっぱり呪われていると再認識する羽目になる。
僕はやっぱり死神だ。だって、僕の大好きな人がまた死んでしまったから。その人も僕の事を心から愛してくれていた。いつも優しくて僕を見守っていてくれた人。育ての親の未可子さん。僕はお母さんをふたりも亡くすなんて思いもよらなかった。
恋ではなかったけど、血の繋がらない母と子でもお互い好きになれば僕の法則は発動してしまうらしい。
これだけ続いたらこれは偶然では済まされない。なんで未可子さんまで僕は失わないといけなかったのだろう。
「透ちゃんのママになれてよかった」
僕の事を好きすぎたのが悪かったんだ。僕も未可子さんのことが大好きだった。
僕が学校で死神といわれても、家に帰れば未可子さんは僕に安らぎを与えてくれていた。あの八の字に下がった眉毛。常に僕を心配しているようにみえて、常に愛情を感じさせてくれた。
実際、本当の母親以上の愛を僕に与えてくれた人だった。
だから未可子さんを失った時、ショックが強すぎてその後の中学の時の記憶が飛んでしまっている。中学三年生の時の記憶が特にあやふやでどうやって卒業したか覚えてないくらいだった。
僕はこの時、大切な人を失う辛さに耐えられなかった。これ以上大切な人を失ってしまったら、僕は生きていけそうもない。
自分の家族までも死んでしまったことで、クラスメートは僕を強く死神と信じ込んだ。その頃の記憶が曖昧だが、僕の周りは面白いほど人が避けていたのだけは覚えていた。
未可子さんが死んで再び独身に戻った父は、仕事の関係でよく色んなところに飛ばされた。父にとっても悲しかったみたいで、気を紛らわそうと自ら出張を志願していたようだ。高校受験を控えていた僕は、転々と移動する父についていく事ができず、そこで未可子さんの母である寿美さんに同居させてほしいと頼み込んだ。
その寿美さんというのが僕がばあちゃんと呼ぶ人である。
僕は死神を隠して新たな土地で静かに暮らす。そして間違いが二度と起こらないようにばあちゃんにはそっけなくする。
娘の未可子さんが育ての親とはいえ、血の繋がらない赤の他人が押しかけて無愛想にしてたら好きになることはないだろう。
一応父がお金を払っているので、ビジネスと割り切っていると思う。お陰で僕も遠慮なくつれない態度を取れるというものだ。
これで僕は大切な人を失わない、人との付き合いを排除した生活ができる……はずだった。
それなのに、僕は女の子から手紙を渡されてしまった。
僕のクラスから波紋が広がり遠くに伝わるほど脚色されて、僕の事を直接知らない連中の間で僕の存在は脅威的な化け物になってしまった。
僕を知らない人が僕を知る。西守透が死神通るに変わっていく。自分の事なのに他人事のようで、僕自身なんだかよくわからない。
真実は和香ちゃんと郁海ちゃんが本当に死んでしまったこと。ふたりのことを思うと、みんなから嫌がらせを受けても僕は抗う事をしなかった。僕自身やっぱり自分が原因で和香ちゃんと郁海ちゃんが死んだように思えてならないからだ。
その時から僕は絶対に恋をしないと誓ったし、女の子には近づきたいと思わなくなった。
中学に上がった頃、少しは僕の死神説も薄まっていた。知っていてもある程度時間が経つとわざわざそれを持ち出すような人もいなかった。でも僕が何者かという噂は時々話のネタとして囁かれてるようだ。
僕が好きになった女の子が死んだことで、女子生徒たちは僕の事を避けるが、あまり気にしない他の地区からやってきた男子生徒たちはそれなりに付き合ってくれていた。
一弥は僕の事を嫌いでも、長年呪われた呪縛が解き放たれて僕に復讐ができたことで溜飲を下げ、直接僕に突っかかってくることはなかった。もしかしたら僕が本気を出せば一弥を呪い殺すとでも思ったのかもしれない。
幼稚園の時、僕は一弥に向かっていなくなればいいと願った事があったけど、それは実現されなかったから、そんな力は僕にはない。だけど小学六年生のある日を境に一弥の攻撃がぷっつりと途絶えたとき、噂で一弥の飼っていたハムスターが死んだと聞いた事があった。寿命が短い動物ではあるが、もしかしたらその原因が僕のせいとでも思ったのだろうか。僕を虐めれば祟りがある。それはそれで虐めの抑制になって僕には有難たかったけど。でもその時、一弥の変わりはたくさんいて、僕が嫌われていることには変わりはなかった。
中学一年の初夏が始まろうとしているときに教育実習の先生がやってきた。たった数週間という期間だったけど、僕がクラスに馴染んでないのをすぐに感じ取り、他の生徒よりも贔屓してくれたのは嬉しかった。女子生徒たちにも受けがよくかっこいい先生といわれていたが、いつも俯き加減に猫背だから僕はあまり顔をよくみてなかった。
教育実習の先生が来たことは覚えていても、どんな顔でどんな名前だったか今ではすっかり思い出せない。でも僕に優しかったからぼんやりとした記憶だけは残っていた。
僕がその先生と仲良くなったと思った女子が、自分も先生から良く思われたくて僕に近づいてきた事があった。
「西守君、ちょっとついて来てよ」
帰りのホームルームが終わった放課後、町浦唯香が命令する。自己主張するようなきつさが僕にも突き刺さる。気まぐれに僕を出汁にして先生の側にいきたいのだ。僕が一緒に居ると僕の噂を信じている他の女子生徒はそれを鵜呑みにして避けるため、それが町浦さんには都合がいい。自分が先生を独占できると思ったからだ。
僕は言われるままにその通りにする。
「ねぇ、先生。西守君の噂聞いたことある?」
町浦さんが僕を突き出して話し出した。
先生は「噂?」と首を傾げていると、町浦さんは面白おかしく話し出した。
「死神……ですか?」
一通り聞いた後、先生はそう呟いた。
「そう、西守君って女子には恐れられてるの」
「町浦さん、あまり人の不幸話を茶化すのはよくありませんよ」
教育実習の先生は生徒にも敬語を使って話す。
「でもさ、かわいそうなのは死んだ女の子たちじゃない。西守君のせいでそんなことになってさ」
冗談で済むと思った町浦さんは、先生に注意されて気分を害し、僕に罪を着せて正当化しようとする。
久々に掘り起こされて罪悪感が蘇ってくる。何も言えずに下を向いていると先生は僕の肩に優しく手を触れた。
「人は誰しも必ず死を迎えます。その女の子たちは早くになくなってお気の毒ですが、病気でどうしようもなかったんだと思います。西守君のせいではありませんよ」
「だといいんですけど」
ボソッと僕は答えていた。
「先生もたくさん死を目の前でみてきましたけど、やはりそれは寿命や運命だと思います。世の中には災害や事故に巻き込まれてどうしようもないこともありますから」
先生にも何か死にまつわる話がありそうに思えた。
この先生とは話が合うかもしれない。僕は初めて先生の友達になりたい感情が芽生えた。もっと先生と話したいと思った時、先生は教室の入り口から顔を出したクラスの担任に名前を呼ばれた。
「教育実習なのに、やることたくさんありすぎです」
最後は愚痴っぽい事を言いながらヘラヘラ笑って去っていった。
「なーんだ、なんかがっかり。かっこいいと思ったのに、結構真面目すぎてつまんない人」
町浦さんはぶすっとしていた。
「いい先生だと僕は思う。僕の事を庇ってくれる先生なんて初めてだ」
「まだ教育実習で正式には先生じゃない。それから、私に気安く話しかけないでよね」
ふんと息を鼻で吐いて町浦さんは行ってしまった。嫌な女の子だなと思って去っていく様子を見ていると、苛立たしさで闊歩していた町浦さんは机に躓いてこけそうになっていた。不恰好で恥ずかしいのを隠すために彼女は僕に振り返り叫んだ。
「ああ、やっぱり西守のせいだ! ちょっと喋っただけで呪われてこけそうになったよ」
町浦さんを庇う取り巻きの女の子はそれを支持し、ずる賢さを見抜いてたほかの女子は呆れた顔を見せていた。でもやっぱり、直接僕を庇おうとする人たちは皆無だった。
教育実習の先生のお陰で僕は少し救われたように思ったけど、いくら先生が僕のせいじゃないと言ってくれても噂が消えることはなかった。先生は去っていき、僕は心の拠り所を簡単に失う。不吉な奴、縁起の悪い奴といわれながら日々を暮らしていた。
そして僕はやっぱり呪われていると再認識する羽目になる。
僕はやっぱり死神だ。だって、僕の大好きな人がまた死んでしまったから。その人も僕の事を心から愛してくれていた。いつも優しくて僕を見守っていてくれた人。育ての親の未可子さん。僕はお母さんをふたりも亡くすなんて思いもよらなかった。
恋ではなかったけど、血の繋がらない母と子でもお互い好きになれば僕の法則は発動してしまうらしい。
これだけ続いたらこれは偶然では済まされない。なんで未可子さんまで僕は失わないといけなかったのだろう。
「透ちゃんのママになれてよかった」
僕の事を好きすぎたのが悪かったんだ。僕も未可子さんのことが大好きだった。
僕が学校で死神といわれても、家に帰れば未可子さんは僕に安らぎを与えてくれていた。あの八の字に下がった眉毛。常に僕を心配しているようにみえて、常に愛情を感じさせてくれた。
実際、本当の母親以上の愛を僕に与えてくれた人だった。
だから未可子さんを失った時、ショックが強すぎてその後の中学の時の記憶が飛んでしまっている。中学三年生の時の記憶が特にあやふやでどうやって卒業したか覚えてないくらいだった。
僕はこの時、大切な人を失う辛さに耐えられなかった。これ以上大切な人を失ってしまったら、僕は生きていけそうもない。
自分の家族までも死んでしまったことで、クラスメートは僕を強く死神と信じ込んだ。その頃の記憶が曖昧だが、僕の周りは面白いほど人が避けていたのだけは覚えていた。
未可子さんが死んで再び独身に戻った父は、仕事の関係でよく色んなところに飛ばされた。父にとっても悲しかったみたいで、気を紛らわそうと自ら出張を志願していたようだ。高校受験を控えていた僕は、転々と移動する父についていく事ができず、そこで未可子さんの母である寿美さんに同居させてほしいと頼み込んだ。
その寿美さんというのが僕がばあちゃんと呼ぶ人である。
僕は死神を隠して新たな土地で静かに暮らす。そして間違いが二度と起こらないようにばあちゃんにはそっけなくする。
娘の未可子さんが育ての親とはいえ、血の繋がらない赤の他人が押しかけて無愛想にしてたら好きになることはないだろう。
一応父がお金を払っているので、ビジネスと割り切っていると思う。お陰で僕も遠慮なくつれない態度を取れるというものだ。
これで僕は大切な人を失わない、人との付き合いを排除した生活ができる……はずだった。
それなのに、僕は女の子から手紙を渡されてしまった。