小学生時代は誰とでもごちゃごちゃと適当に付き合っていた。今日仲良くても明日喧嘩したり、今日喧嘩しても明日仲良くなったりと不思議な人付き合いで、いちいち拘らないおおざっぱさがあった。だけど一弥とはあの和香ちゃんの死からずっとあのままで、僕たちはお互い嫌いあっていた。クラスが違ったから問題は起こらなかったけど、廊下ですれ違ったり、近くで顔を見れば不快感があふれた。

 だから小学五年生で同じクラスになった時、露骨に無視しあった。一弥はその頃目立つリーダー的な存在で自然と人が集まっていた。僕はクラスで大人しい部類の人たちと一緒にいた。

 本来なら一弥から嫌がらせを受けても不思議じゃなかったのに、一弥にしてみればやはり簡単に死を口にしてその通りになったことにショックを受けていたことが尾を引いていた。しばらくは同じクラスでも僕たちの間で何もトラブルはなかった。

 そんな時、僕は隣の席に座った郁海ちゃんと仲良くなってしまった。郁海ちゃんはなんだか埴輪に似たような細長い顔つきで、顔色が中途半端に日焼けたような、普通の人よりかは淡いオレンジっぽいような色をしていた。それが益々埴輪っぽくて僕には愛嬌のある顔に見えた。

 郁海ちゃんが笑うと埴輪が笑っているようでなんだかかわいい。でも女の子だからそんなことを言えば誉め言葉に聞こえないから僕は心の中だけにとどめておいた。実際埴輪を連想させても、郁海ちゃんは僕からしたらかわいく見えた。

 トマトのように赤く、ぷっくりとした頬の和香ちゃんもそうだったけど、僕が興味を持つ女の子はみんな特徴があってかわいい。そういえば八の字の眉をしている未可子さんだってかわいかった。

 ほかの人はそういうところを面白おかしく揶揄するんだろうけど、僕はその人の特徴を好意をもって見られるんだと思う。

「西守君って優しいね」

 そんな言葉をかけられると、僕は照れていた。もっと優しいと思われたくて郁海ちゃんの前ではいい恰好しようとしてしまう。

 こんな感情久しぶりだった。

 当然僕たちが仲良くなると、冷やかす人たちもでてくる。どうしてそっとしておいてくれないのだろう。僕たちはただお互いが好きだっただけなのに。

 一弥が面白くなさそうにすれ違い様に僕を見る。和香ちゃんのことで少し懲りていたので、一弥からは冷やかされはしなかった。

 そんな時、また郁海ちゃんが学校を休みがちになった。でも学校に来たときは元気に僕に声をかけてくるので、そんなに深刻にとらえなかった。

「学校をなんで休んだの?」

 と無邪気に聞けば、郁海ちゃんは病院に通っているという。

「ときどき体がだるくなってしんどくなるの」

「ええ、大丈夫なの?」

「うん、病院で治療してもらうとまたすぐに元気になるの」

 あとで知ったけど、郁海ちゃんは腎臓が悪かった。だから顔色がオレンジっぽい色をしていた。

「無理しないでね」

「うん、大丈夫だよ」

 にっこりと微笑む郁海ちゃん。

 僕も知らずと笑顔になっていた。

 また郁海ちゃんが休んだ時、僕は先生に大切なお知らせのプリントを届ける役目を与えられた。

 僕は喜んで郁海ちゃんの家にそれを届ける。僕が着いたとき、ちょうど郁海ちゃんの家から男の人が出てきて僕とすれ違った。よくその辺で見る宅急便を届ける人だった。

 郁海ちゃんはパジャマ姿で玄関口に立っていてそれを見送っていたところだった。

「あっ、西守君」

「郁海ちゃん、起きてても大丈夫なの?」

 僕が心配して駆け寄る。

「うん、気分がよくなったから大丈夫。今、お母さんがちょっと出かけちゃって家にいなくて、それで荷物を受け取っていたの」

「でもちょうどよかった。僕も先生から預かり物してたんだ」

 背負っていたランドセルからプリントを出してそれを手渡す。

「わざわざありがとう。今日は気分がよくなったから明日からまた学校に行けると思う」

「わかった。あまり無理しないでね」

 僕は外の風にあたる郁海ちゃんが心配ですぐその場から去ろうとしたけど、郁海ちゃんはまだ僕と話したくていろいろと聞いてきた。暫くそれに付き合っていたけど、パジャマ姿の郁海ちゃんが気になって落ち着いて話せない。

「ねぇ、また学校でお話ししようよ。僕待ってるから」

「うん。わかった」

 僕の気遣いを察して郁海ちゃんはようやく家の中に引っ込んでくれた。

 僕も帰ろうとして歩き出せば、先ほどの宅急便のお兄さんと出くわした。ユニフォームの服だけが目立って顔まで見ていなかったけど、すれ違いざまにつぶやかれた。

「あの子に好かれてるみたいだな」

「えっ?」

 僕が振り返ったとき、ニヤッと歯を見せた笑いを見たような気がした。

冷やかされてなんだか恥ずかしく、僕は踵を返して走り出した。慌てて走り去る後ろで、何か声を掛けられたが、僕は無視した。

 その次の日、郁海ちゃんは学校に来なかった。僕と立ち話をして病気が悪化したのかもと心配してしまう。それから数日経っても郁海ちゃんは学校に来る気配がなかった。

 大丈夫だろうかと心配していた矢先のある日の朝、担任の先生が顔を青ざめて教室に入ってきた。


「皆さんに残念なお知らせです。……さんが亡くなりました」

 教室がざわめく。僕の耳にも届いたはずなのに僕だけが見知らぬ場所に迷い込んだようによくその状況がわからない。でも何人かが僕に振り返った。

 その時初めてそのお知らせが郁海ちゃんのことだと気が付いた。

 郁海ちゃんが死んだ――。この間はあんなに元気で僕と話をしていたというのに。僕は信じられなくて夢でも見ているような気がした。

 その日、クラスは悲しみに包まれた。休み時間になると郁海ちゃんが亡くなったことでひそひそと話をしながら、僕をチラチラ見てくる人たちがいた。

 僕と郁海ちゃんはクラスでも公認の仲だったから、僕がかわいそうとか同情してくれているのかもしれない。本当にそれはあったと思う。だけどその陰で眉根を寄せて僕を嫌悪して見ている人たちがいた。

「ええ、嘘、いやだ」

 そんな風に僕に軽蔑のまなざしを向け驚いている。

 この時、長年に渡った因縁が僕にふりかかる。それは一弥にとって自分の過去を払しょくするチャンスでもあった。

 一弥は僕の前に立ち、勝ち誇ったように言葉を投げかけた。

「和香が死んだのは俺のせいじゃなかったんだ。透が死神だったんだよ!」

 一弥はすでにクラスに言いふらしていた。

 幼稚園で僕が和香ちゃんと恋仲になってたけど、その後和香ちゃんが死んでしまったことと、今回も僕が郁海ちゃんと相思相愛になったせいで郁海ちゃんが死んでしまったと関連付けていた。

 でも僕だけが鈍感でそのことを結び付けてなかった。一弥に言われて初めて事の重大さに気が付き僕はショックを受けた。

「まさか……」

 動揺する僕を冷ややかに一弥は見つめる。この時とばかり一弥は、封印を解かれて膨れ上がるように強くなり僕を責め立てた。

「今までよくも騙してくれたな」

 憑き物が落ちたように、ようやく一弥は呪縛から解き放たれた。

 一弥はずっと自分のせいだと思って、僕の知らないところでトラウマになっていた。それは僕が植え付けたものだったから、一弥の復讐は収まることを知らない。

「こいつが好きになった女の子はみんな死んじまうんだ」

 一弥が言うとそれは瞬く間に広がり、僕はこの日から死神と名付けられた。

 本当に僕のせいなのだろうか。

 和香ちゃんと郁海ちゃんがこの世からいなくなったことは事実だ。そして僕はふたりが大好きだった。偶然に済まされないものを僕自身感じていた。

 だけど僕はこの時は悲しみの方が強くて、僕が死神であることを深く考えられなかった。

 そのうち僕の周りに人は寄り付かなくなり、上靴や教科書を隠されたりと意地悪をされるようになった。

 先生に相談しようと思って近づけば、先生が僕の噂を信じて怯えてしまい、僕は先生からも嫌われるようになった。

 和香ちゃんと郁海ちゃんが本当に僕のせいで死んだのなら、これには法則があると思う。お互い好きにならなければ、成り立たないのではないだろうか。僕が興味を持たない普通の人なら関係ないはずだ……。もし僕がそんなことを言ったとしたら、却ってトラブルになってしまうだろう。

「あいつ、自分を死神と認めたぞ」

 みんなの声が聞こえてきそうだ。

 法則があるなんて口にすれば、その原因はやっぱり僕にある。僕は口をつぐみ必死で耐えた。

 僕のせいなら郁海ちゃんのお父さんやお母さんに謝りに行かなければと思ってしまう。

 学校の帰りに郁海ちゃんの家の前まで来るけども、どうしても謝る勇気がなかった。一弥のように怒りを露わにされるのが怖かった。

 だけど何回か謝れない日を繰り返し、郁海ちゃんの家の前で立って葛藤したある日のこと、郁海ちゃんの家の玄関のドアが開いた。

 そこには郁海ちゃんによく似た父親が顔を覗かせていた。父親もやっぱり埴輪を思わせる面長な顔をしている。

「あっ、君は」

 郁海ちゃんのお父さんが僕を見るなり近寄ってくる。

「西守透君だね」

 なぜ僕の名前を知っているのだろう。ポカンとしたまま僕は間抜けに立っていた。

 郁海ちゃんのお父さんに促されて僕は家の中へと連れていかれる。

 白い布をかけた台。お花とお菓子が彩りよく真っ白の四角い箱の周りに置かれ、郁海ちゃんの遺影がその横に飾られていた。

 心から楽しいと笑っているようないい顔だ。ただちょっと顔色が黄土色っぽい。でもそんな事が気にならないくらい、それは人を幸せにするような笑顔だった。

「郁海が西守君のこといつも話してたんです。あの子、こんな風に笑える子じゃなくて、いつも埴輪に似ているとか言われてからかわれててね、西守君だけはそのまんまの自分を受け入れてくれたって喜んでました。父親だから、突然のボーイフレンドの存在に気が気でなかったけど、実際の君を見たらすぐにわかりました」

 郁海ちゃんのお父さんの目が潤んでいた。僕は黙って郁海ちゃんの写真を見つめていた。

 僕も本当は郁海ちゃんを埴輪に似ていると思っていた。それでも郁海ちゃんは本当にかわいかった。この写真がそれを物語っていた。

 僕は謝るつもりだったけど、郁海ちゃんのお父さんからお世話になったと先にお礼を言われると謝れなくなった。

 僕と出会わなかったら郁海ちゃんはもっと生きられたのだろうか。そんなことを考えながら僕は郁海ちゃんのお父さんと玄関先でさようならのあいさつをしていた。

 僕を責めてくれてもよかったのにと思いながら、僕は「お邪魔しました」と頭を下げていた。