久しぶりの柴太君との再会。この時、僕は恐れなかった。柴太君は僕の足元をくんくんと匂ったけど、以前のように唸りはしなかった。

「透のこと覚えているみたいだね」

 想子がいった。

 僕が柴太君と向き合っている間、想子は現像した写真を一枚一枚ゆっくりと見ていた。時折り、鼻をぐずらせる音が響き、目元を拭っている。

「お姉ちゃん、とってもいい顔して笑ってる」

「でもそれ、自分の顔にも見えないのかい?」

 映見と想子は一卵性双生児でそっくりだ。

「ううん、私には違う顔に見える。私はお姉ちゃんみたいには笑えないし、表情に違いがあるんだ。でも一般の人にはその違いはわからないかもしれない。お姉ちゃんの性格を良く知っている人だけには、私との違いがよく分かるの」

「僕もそう思ったんだ。ふたりともそっくりだけど、僕にも別人のように違って見える」

「そりゃそうよ、透はお姉ちゃんの事が好きなんだから。好きな人の顔がわからなくてどうすんのよ」

 想子が冷やかして僕に肘鉄をついて来る。油断してた僕はよろけてしまった。

 柴田君は足元で暢気にあくびをしていた。

 想子は最後の一枚に手をかけた。

「えっ、これ、入院中のお姉ちゃんなの? 嘘、お姉ちゃんが笑ってる」

 病院のベッドで横たわる映見の写真に想子も驚いていた。

「撮った時の角度と、フラッシュの光の当たり具合が笑っているように見せてるのかもしれない」

 光と影のいたずらの可能性を示唆してみた。

「でも、透はそう思ってないでしょ」

 想子はにやりと笑った。

「うん。映見はちゃんと僕がカメラを向けた事を知っていたんだ。だって、映見だぜ。映見なら最後の力を振り絞ってベストをつくすよな」

「うん、お姉ちゃんなら絶対そうする。やっぱりお姉ちゃんは透を待ってたんだ」

 僕たちはそう信じることにした。

「でもさ、賭けに負けたら透はずっとお姉ちゃんに付きまとわれるんでしょ。もしかしたら今、側にいるのかな?」

 想子に言われ、僕はキョロキョロと辺りを見回す。そうであってほしいと思っても、あいにく僕には霊感がなく、映見の幽霊を感知できなかった。

「お姉ちゃん、絶対また透のところに戻ってくるぞ」

 想子は茶化したけど、目に涙が薄っすらと浮かんでいた。想子もまだ映見の喪失から完全に立ち直っていない。それでも暗くならないように気持ちを奮い起こしていた。だけどひとりになったとき、寂しくてひっそり泣いているのかもしれない。悲しみは不安定に顔をのぞかせるものだから。

 僕たちが話し合っている間、足元で柴太君はかしこまって座っていた。よく訓練された賢い犬だ。映見のことが大好きで楽しんで調教を受けていたのだろう。映見がいなくなって、心なしか彼も気持ちが沈んでいるように見えた。

「お願いがあるんだけど」

 僕が遠慮がちに想子に切り出した。

「どうしたの?」

「僕に柴太君の散歩させてくれない? また一緒に歩いてみたいんだ」

 大切な人を失ったもの同士、今なら気持ちが通い合いそうな気がした。

「お安い御用」

 想子から青いリードを渡され、僕はそれを手にして柴太君に命令する。

「柴太君Go!」

 柴太君はすくっと立ち上がり、歩き出す。以前のように僕を引っ張ることはなく、僕の歩調に合わせて進んだ。

「あっ、柴太君が言うこときいてる」

 想子は側で感心していた。

 柴太君のくるりんとしたふさふさの尻尾が揺れ動くのを見ながら、河川敷を暫く歩いていると、柴太君が前方を見つめたまま立ち止まった。

「どうしたんだろう?」

 僕が想子と顔を見合わせていると、柴太君は吠え出した。

「なんかいるのかな? どうしたの、柴太君」

 想子が訊くけど、柴太君は僕の顔を見て尻尾を振る。

「なんか僕に求めているような気がする」

「柴太君に許可を出してみて」

 想子に言われて僕が「Go」と言えば、柴太君は待ってましたかのように川の方向へと僕を連れて行く。

 あたりは雑草が生えていて、そのボーボーと茂る中へ入っていこうとする。

「何があるんだろう」