目覚ましが僕を起こした時、辺りはまだ暗かった。それを止めたあと、寝ぼけ眼に、一瞬僕はどこにいるのだろうとこんがらがる。体がまどろみ溶け込むように、そのまままた眠りに落ちていく。

 ふわふわとした感覚。でも意識だけがあって、僕はすっと自らの意思で夢の中へ入っていった。

 明晰夢。しっかりと夢だと分かっていたけど、そこに現れた髪の長い少女を見て、僕はドキッとした。僕を見て笑っている。

 僕はこの子を知っている。懐かしい感情が同時に湧いた。

 名前を思い出さなくてはと必死に考え込む。ずっと押さえ込んでいた僕の何かがまだ固くロックされて開こうとしない。

 僕を見て笑っていた女の子の視線がずれて、僕の横に向いていた。

 僕が隣を見たとき、そこにはもうひとりの僕がいた。

 僕は自分自身であるのに、その隣の奴も僕自身だとはっきりと分かる。

 まるで二つの世界に同時に存在するような不思議な感覚が、僕の中で漂っていた。

 でも隣の僕は目の前の女の子の名前をしっかりと呼んだ。

「映見」

 そうだ、この女の子は映見だ。

 映見、映見……

 ぼくもまた「映見」と呼ぶのだけれど、唇は動くのに声が届かない。

「映見!」

 力を込めて叫んでいるのに声が出ていない。何度も声無き声で叫んでいるうちに、そのうちはっと目が冷めた。

 あまりにもリアルなその感覚が胸をドキドキとさせていた。

 だけど、その夢は時計の秒針が進むごとに次第に薄れていった。

 そのうち、なんの夢だったかうやむやになっていく。

 時計を見れば、まだいつもの起きる時間よりもかなり早い。暫くしてやっと脳が動き出した。

「そうだ、今日は早く起きて学校に行こうと思っていたんだった」

 僕は独り言を呟く。そして頭の中で女の子の顔を思い浮かべた。

 時生映見にまた改札口を出たところで待ち伏せされていたらたまったもんじゃない。

 その直後ふと何かが僕の脳を刺激した。

「あれ、映見?」

 一瞬、その名前に違和感を感じながらも、その感じた感覚は一瞬に消えた。

「まあ、いっか」

 僕はベッドから起き上がり、身支度にとりかかる。

 ばあちゃんはまだ寝ている様子だ。起こさないようにとできるだけ物音をたてないようにしていたけど、静けさのなかでドアの開け閉めや廊下の軋みがいやに響き、ばあちゃんがすぐ異変に気づいて自分の部屋の襖を開けて顔を覗かせた。

「透、こんな朝早くから何してんだ」

「今日は早く学校に行かないといけないんだ」

「そんだら、なんで昨日のうちに言わなかったんだ。お弁当の用意、今からじゃ間に合わん」

「いいよ、購買でパンを買うから。ばあちゃんはまだ寝てて」

 僕はばあちゃんの背中を押して部屋に押し戻した。

 ばあちゃんは体を強張らせ抵抗し、僕に振り返る。

「なあ、透。ここに引っ越してきてから、透の何かが抜け落ちている気がするんだ。お前のプライベートなことにはあまり首を突っ込みたくないけど、以前と比べて透には違和感を感じる」

「僕だってもう高校生だ。変化があってもおかしくない」

「そうじゃないんだ。思春期の事をいってるんじゃない。私と話がかち合わない事がたまにある。一体お前に何があったんだ?」

「何もないよ。ばあちゃんこそ変だよ。ほら、早く布団に戻ってよ」

 僕は無理やりばあちゃんを部屋に押し込んで、襖を閉めた。襖の向こうからため息が漏れているのが微かに伝わった。

 僕が変わったのは大切な人たちを失ってしまったからだ。そのせいで死神と強く言われるようになった。世話になってるばあちゃんであっても、僕は笑顔を見せるつもりはない。だから小さい頃と比べたら冷たく感じるのだろう。

 ばあちゃんにそのことを説明してないから、話が合わないと違和感を感じて当たり前だ。

 僕はばあちゃんの言ってたことなど気にすることなく、簡単に朝食を済ませてから家を出た。


 朝が早いと空気が冷たく新鮮だ。組曲「ペールギュント」の「朝」の曲が脳内で勝手に演奏され、世界が眠りから覚めていく始まりを感じるようだ。

 駅は人も少なく、気持ちにも余裕が出てくる。こんな朝早く学校に行くのなんて僕くらいなものだろう。当分はこの時間帯で通学しようと思っていた。

 これなら映見がどんなに改札口で待っても、僕の方が先に学校に行ってしまった後だから、出会うことはない。

 ただ早起きはつらく、僕は大きなあくびをして目じりに涙を滲ませていた。そしてそれは次第に乾いてぱりぱりしていく。

 学校の最寄の駅に電車が到着し、大きなあくびをしながら下車した。目じりを擦り、猫のように顔を手で撫でながら、寝不足の辛さを味わっていたけども、一瞬で目が冷めた。

「なんで?」

 改札口に映見がすでに立っていた。