僕は呪われている。小さい頃はそんな事に気がつかず、無邪気でお人よしなどこにでもいる目立たない無害な存在と思っていた。

 でもそれは間違っていた。僕は強烈な力を持った嫌われものだと時が経ってからようやく知った。

 かわいそうに最初の犠牲となったのは僕の母だった。僕を産んですぐになくなったからだ。この時の僕は赤ちゃんだから、母がすでにこの世からいないなんて何もわからず、ただオギャーと泣くだけで、何も分からなかった。

 後になって父はあの時の大変さを物語る。そこで未可子さんと出会うことになり、未可子さんが父と赤ちゃんだった僕を助けてくれたらしい。

 父も赤ちゃんを抱えてひとりで生きていくことはできず、ずるいと思いながらもその出会いを利用して未可子さんと結婚し、僕には新しい母がすんなりできたのだ。

 本当の母ではなかったけども、未可子さんは優しく、少し八の字に下がったような眉毛がいつも困った顔に見えて僕には印象的だった。

「何か困ってるの?」

 ついつい訊いていたように思う。

「困ってないよ」

 そういって、やっぱり八の字に眉毛を下げて笑いながら僕をぎゅっと抱きしめてくれた。

「透ちゃんはなんて気持ちのいい子なんだろう」

 気持ちのいい? そこはかわいいとか、優しいとか、そういう形容詞だと思うのだが、未可子さんは癒されるみたいに僕を抱いてはほっと息をついていたように思う。

 当然僕も未可子さんが大好きだった。本当のお母さんじゃないとは後から知らされてわかっていたけど、血のつながりは関係なかった。

 僕の父との間で自分の子供ができなかった未可子さんは僕を我が子のようにかわいがってくれ、僕も未可子さんが本当の母だと思って過ごしていた。傍から見れば僕たちは本物の親子に見えたと思う。しばらくは幸せが続いていた。


 僕もすくすく成長し幼稚園に通うようになる頃、そこで僕が呪われているせいで同じ幼稚園に通う和香ちゃんが第二の犠牲者となってしまった。

 和香ちゃんは頬がふっくらとしたちょっとふくよかな女の子だったけど、僕にはいつもニコニコして人懐っこかった。僕たちは手を繋いで歩いたり、いつも一緒に遊んだりして仲が良かったと思う。

 和香ちゃんは確かにふっくらとしすぎて、服も体にくっつきすぎてピチピチしていたけど、僕にはその柔らかな赤いほっぺがとてもかわいく見えた。

 この年頃は感情のままに突っ走る意地悪な子がいて和香ちゃんを「デブ」なんて揶揄する子がいた。

「デブ、デブ、デブワカ」

 調子に乗って杉山一弥が言い出した。

 ひとりが言い始めると、周りの子供たちも囃し立てて真似をしだす。僕は一生懸命和香ちゃんを庇い、盾になろうとした。

「やめろよ」

「やーい、透はデブが好きなんだ」

「違う、僕は和香ちゃんが好きなんだ!」

 意地悪そうなその男の子に僕はそう叫んでいた。

「透のやつ、デブワカが好きだって」

 僕は必死だった。ひ弱な痩せた体で和香ちゃんの前に立ち、精一杯の憎悪を込めた目で、目の前の意地悪な一弥を睨んだ。

 ――お前なんか居なくなればいい!

 心の中でそうののしっていたと思う。

 でも、いなくなってしまったのは和香ちゃんの方だった。和香ちゃんはその騒動があって暫くしてから病気が原因でこの世からいなくなってしまった。

 和香ちゃんが太っていたのは、その病気と闘う薬のせいだった。

 あの騒動のすぐ後、和香ちゃんが僕にこそっと教えてくれた。

「和香ね、薬飲んでるの。この薬が和香を太らせてるんだって。だから薬をやめたらきっと細くなると思うんだ」

「和香ちゃん、薬飲んでるってどこか悪いの?」

「和香もよくわかんないんだけど、ときどき体がだるくなったり息がゼーゼーってしたりする」

「大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だよ。透君と一緒にいるとすごく元気になる。ここがドキドキってすごく動くんだ」

 和香ちゃんは、自分の胸を押さえて柔らかな笑みを僕に向けた。僕はそれが嬉しくて照れた笑いを返した。それから無性におかしくなってお互いケラケラと笑い続けていた。ようやくそれが収まると和香ちゃんは僕に向き合って勢いつけて言った。

「和香もね、透君のこと大好き」

 和香ちゃんのぽっちゃりとしたほっぺがトマトみたいに赤くなっていた。

 意地悪な一弥は仲がいい僕たちを見て、面白くないくすぶった気持ちを僕たちにぶつけたけど、僕はそれを無視した。


 その日のクラスが終わる直前、保護者が小さい子供を連れてたくさん園内に集まってきていた。園内は一定の時間開放されてみんなが遊べたり、保護者たちが話をしたりと賑わう。この時、一弥を避けながら僕はお迎えで混雑した園内で和香ちゃんを探した。和香ちゃんは大人の男の人と何かを恥ずかしげに話していた。

 和香ちゃんのパパなのかなと思って僕が見ていると、その人は僕の視線を感じてちらりと見てから去っていった。それと同時に和香ちゃんが僕の方に向かって駆けて来る。

「和香ちゃん、今の男の人と知り合い?」

「うん、何回か会ったことあったの」

「ふーん」

 もう一度その男の人を見ようと去っていった方向をみれば、すでにその姿はなかった。

 探そうにも一瞬の出来事でどんな人だったかすでに覚えてない。顔を見たはずなのに全然印象に残らない人だった。

「透君のこと話してたんだよ」

「えっ、僕のこと?」

「うん。そしたらね、透君はいい子だって言ってたよ」

 褒められて嬉しかったけど、知らないところで僕の事を見ている保護者がいるんだとちょっと辺りをキョロキョロとしてしまった。