その次の日。自分が植えた種がどうなっているか気になるから見に行きたいと映見がリクエストしたことで、ばあちゃんの家に訪ねてくることになった。
ばあちゃんに、映見が来ると伝えるととても喜んだ。
「寿司でも取ろうかね。それとも若い人はピザの方がいいかね」
ばあちゃんは、いざと言う時のために取っておいたデリバリーのチラシを引っ張り出して見ていた。
「なんでもいいよ」
僕のそっけない答え方にばあちゃんは手元を止めて振り返る。
「透、もう少し映見さんのことを大切に考えなさい」
「僕は、映見と一緒にいるのは本当は嫌なんだ」
「天邪鬼だね。本当は惚れてるくせに」
「ばあちゃん!」
僕は大声で叫んでしまった。
「図星の時は慌てるもんだ」
「だけど、僕は――」
一緒にいたら呪いが発動して不幸が訪れる。
こんなことばあちゃんに言っても一蹴されるだけだ。未可子さんが死んだのも僕の呪いのせいなのに、和香ちゃんと郁海ちゃんの事を言ったとしてもばあちゃんのような頑固者には理解してもらえないだろう。
「お前、映見さんが何を植えたか知ろうともしないんだな」
当て付けっぽくいうばあちゃんが急に意地悪くなったように思えた。
「だって、教えてくれないし」
「ほら、気にも留めてない。気になるんだったら、お前は自分で水をやり観察するはずだ」
ばあちゃんは遠慮することなく呆れ顔を見せた。
僕は気まずくてばあちゃんから視線をそらす。
「映見さんが畑を見たとき、そこに植えたいものがあった。でも私はプランターに植えさせた。なぜだか分かるか?」
「そんなのわからないよ」
「映見さんは、その植物が自分に似てると私に教えてくれた。透に何を植えたか教えなかったのは、映見さんはその植物を植える意味を透に気づいてほしかったからだ」
ばあちゃんは僕の心の中を見るような深い眼差しを向けた。
「そんな事言われてもさ……だけど、なんでばあちゃんはそんな風に思うんだよ」
映見は普通とは違う突拍子もない行動をする。種を撒くくらい、映見にとったらただの思いつきだ。
「映見さんはきっと恐れてるんだと思う」
「恐れてる? いつも能天気に大胆な事をする映見が一体何を恐れるというんだ?」
ばあちゃんの見解に僕は意表をつかれた。
「それは私にもわからない。でも映見さんは透に安らぎを求め、恐れに立ち向かおうとしているように見えるんだ」
「ばあちゃん、考えすぎだよ。映見はただの変わり者で予測不可能なだけだ」
僕は鼻で笑い、相手にしないでいると、ばあちゃんの双眸が悲しげになった。
「未可子がね、あんな感じだったんだよ」
「ばあちゃん、突然何を言うんだよ」
僕はつい声を荒げてしまう。それは僕を不安に陥れ、毛穴が開ききるような恐怖を感じさせた。
「私は甘ったるいことは言わない。すでに大切なものを失くしているから現実を冷静に受け止められる」
「僕だってそれは同じだ」
「いや、透はいつも逃げ道を探している。ただ嘆いて文句をいうだけで、何も前には進んでいない。透自身が与えた幸せも否定する」
ばあちゃんの言葉が胸に突き刺さる。でもそれは僕が死神だからだ。どうしようもないじゃないか。幸せを与える前にそれ以上の不幸を与えているんだから。
「未可子はね、とても幸せだったんだよ。未可子のその気持ちだけは忘れないでくれ」
ばあちゃんは映見を見てから未可子さんとオーバーラップして混同し、勝手に自分の中でしかわからない感情に揺さぶられて困惑してるだけだ。
僕たちが重い空気の中にいるとき、突然感嘆の声が外から聞こえてきた。それは大きく「あーっ」と脳天を劈く叫びだった。
縁側に出て庭を見れば、映見がプランターの前にいて小躍りしてた。
「映見、そこで何してるんだ」
「発芽の舞」
ばあちゃんもやってきて、ふたりして縁側に突っ立ってプランターの前でクネクネと踊る映見を唖然として見ていた。
「こんなにもいっぱい芽が出てる」
映見が大喜びしている。
「映見さんなのかい? えらく髪を短く切ったもんだ」
「おばあちゃん、こんにちは。腰の具合はどうですか?」
映見は踊るのを止め、きりっと立って挨拶をする。
「まだちょっと痛いけど、動けるようになったから大丈夫だ」
ばあちゃんは縁側の下に置いていたサンダルを履いて、映見の下へ行く。
「たくさん芽が出ましたね。嬉しいな」
はしゃぐ映見。
「いい感じに芽がでたけど、少し間引きした方がいいな」
ばあちゃんが芽に触れながら言った。
「間引き? 抜いちゃうんですか? なんかもったいないな」
「大丈夫、すぐに大きくなって増えるから」
ばあちゃんがアドバイスしながら、映見はそれに従って作業する。僕はそれを見ながら、ばあちゃんが言っていた事を頭の中で反芻していた。