「じゃあ、もし笑ってしまったらどうする? 何かが変わる?」

「どうするって、だから、笑わないし」

 隣に座っていた映見さんはすくっと立ち上がり僕に彼女の影を落とした。僕が見上げたと同時に、映見さんはいきなり僕のわき腹にくすぐりを入れてきた。

「おい、何するんだよ。やめろよ」

「こちょこちょこちょこちょ!」

「や、やめろ」

 正直やばかった。小さいときに未可子さんにも同じ事をやられて、くすぐったくて僕は苦しいほど笑い転げていた。僕はわき腹に弱い。

『透ちゃん、こちょこちょこちょ』

『やだ、やめてよ、あはははははは』

 あの時の事が脳裏をよぎる。昔は素直な子供だった。

「もういい加減にしてくれ」

 我慢できずに僕は立ち上がった。映見さんの手の動きが止まる。僕はゼーゼーと肩で息をしていた。

「筋金入りに笑わないんだね。久々に燃えるかも」

「あの、どうか僕の事を放っておいてもらえませんか」

 丁寧にお願いしてみた。

「それはできないな。だって私、気になるとスイッチが入っちゃって止まらないの」

「じゃあ、どうすれば放っておいてもらえるんでしょう」

 意気消沈に首をうな垂れ、哀れな感じを出してみた。こんなので通用するとは思わないが、少しばかり沈黙が続いた。映見さんは僕を暫く見つめて考えている。

 あどけない瞳を僕に向けてはいるが、頭の中ではコンピューターを作動するように何かを企んでいる様子だ。一体何を言われるのだろう。僕も目が離せなくなって、彼女を見つめた。

 三十秒くらいまでは成り行きで気にしなかったが、そこからまだどんどんと時間が過ぎても彼女は黙っていた。

 一分も過ぎれば、僕の方が居心地が悪くなってくる。僕をロックオンしたその瞳はまだ僕を見続けている。見つめ合いがここまで続くと視線を逸らすのも今更できなくて、根競べになってきている。 平然と僕を見つめる彼女に対して、僕は段々と落ち着きをなくして心なしか心拍数も上がっているようだ。

 何なんだ、いつまでこの状態が続くんだ。

まるでタラリタラリとがま蛙のように脂汗が出てきそうになった。僕が手で額を拭おうとしたとき、彼女はついに口を開いた。

「答えは明日でもいい?」

「明日?」

「うん、一晩ゆっくり考えてみる。透にとっても私にとってもいい答えを見つけてくる」

「いや、その、できたら、僕は放っておいてほしいことを忘れないでね」

「放ってほしい、放ってほしい……だね。わかった」

 本当にわかったんだろうか。果たして本当に放ってくれるのだろうか。

 いや、ちょっと待てよ。明日答えを出すということは、また僕は映見さんに明日会うということじゃないか。そんな事をしなくったって簡単な方法があった。

「いや、その、もう別にいいから。ただ、会わなければいいだけだから」

 今更はっとしてしまう。