「あの犬ね、柴太君っていうの」
「シバタ君?」
「柴犬の柴太君。『犬』の漢字の点の位置を下に置き変えると『太』ってなってそう読めるでしょ」
全く脈絡がない。僕はゆっくりと彼女に顔を向け、眉間に皺を寄せたまま黙り込む。
「あのね、私って変かな?」
「うん」
僕は素直に返事した。
「そっか。でもそれでいいんだ」
分かっていたといいたそうに彼女は笑ってからまた話し出す。
「だってさ、動物は笑わないって決め付けてたからさ、柴太君の笑顔を見てもらいたかったの」
「それ、僕と友達との会話のことだよね。聞いてたの?」
「うん」
思った通りあの会話が発端になってた。確かにあの時は周りにたくさんの人がいたと思うが、まさか聞かれているとは思わなかった。でもなぜそんな奇妙な事をしたのだろう。僕は怪訝にもっと眉間の皺を増やした。
「あの会話が気になってから、気がついたらあなたをずっと駅で探してたの。そしたらいつも下向いて背中丸めて不機嫌に歩いている姿ばかり見たの」
確かにいつもそうしてたけど、見られていたなんて知らなかった。
「私ね、気になるともうだめなの。この人はどういう人なんだろうって思うと好奇心が疼いちゃって、それでつい柴太君の写真見せたらなんか変わるかなって思いました」
なんで最後で敬語? しかも棒読みのわざとらしさ。
「迷惑だった?」
「うん……」
「ああ、やっぱり」
彼女は反省するどころか開き直って笑っていた。
これはもしや。なんだか相手してはいけないようなそんなヤバイ人に見えてしまう。
「そうなの。私ね、よくエキセントリックって言われるんだ」
口に出してないのに伝わっている。恐るべし洞察力。
「気にしないでね」
「気にするもしないも、気にしてるのはそっちでしょ」
「そうだね。ところで、名前なんていうの?」
「西守」
「えっ、死神?」
彼女から言われた言葉に僕はドキッとして「えっ!?」と叫ぶと、彼女も「えっ!?」とまた返してきた。
「いや、その、西に守るって漢字で『にしがみ』って読むんだ。西守透」
「そっか、じゃあ面白いから、『死神君』って呼ぶね、死神透君」
「えっ、ちょっとそれは……透だけでいいから」
「そう、じゃあ、透」
おい、いきなり呼び捨てになってるじゃないか。
「あの、僕、映見さんと仲良くするつもりないから」
「仲良くってやっぱり、手を繋いだり、抱き合ったりとか?」
「えっ?」
「そんな、私だって最初からそんな事思ってないから、安心して」
「はぁ?」
「私ね、あまり友達いないのね。だからこうやってお話してくれるだけですごく嬉しいの」
「いや、そうじゃなくて、僕は話すことも嫌で……」
その時、僕たちの目の前に数人の女子高生が固まって現れた。みんな映見さんと同じ制服を着ている。
「ちょっとトキオ。こんなところで何してるの。今日、掃除当番さぼったでしょ」
そのうちのひとりが叫んだ。
トキオと聞いて男の子みたいな名前だと思ったが、映見さんの苗字が時生だったと思い出した。
「ごめん。見逃して」
映見さんは僕をチラッと横目で見てから、女子高生たちに察してほしいと思わせぶりな態度をとっていた。しかも適当なジェスチャーまでしている。
「ああ、そういうことか。だったら仕方ないね」
どういうことだよ、何が仕方ないだよ。心の中で僕は突っ込んでしまう。
掃除をサボって責めていたはずなのに、いつの間にか大団円になっている。
「ありがとう。やっぱり持つべきものは友達ね」
いるんじゃないか、友達。
数人の映見さんの友達は小声で「頑張って」とエールを送りながら明るく去っていった。
映見さんも手を振り返していた。
「あの、さっきからなんか話がちぐはぐしているような気がするんですけど」
僕が言うと、映見さんは屈託のない笑顔を向けた。
「気のせいです。これでいいんです」
一体何がこれでいいのだろうか。
「とにかく、これからは僕に話しかけないでほしい」
「はい」
映見さんはあっさりと返事してにこっと微笑む。意表を突かれて僕の方が調子狂う。そうしているうちに映見さんは変な事をし出した。
「ん、ん、ん、ん」
口を閉じたまま唸りながら、手を動かし何かを僕に伝えようとしている。ジェスチャーだ。
「んんんん、んん、んんん」
あちこちに手が動き、全く意味がわからない。さっきの女の子たちには通じていたけど、これで一体何がわかるんだ。
「もう、分かったから口で話していいよ」
「いいんですか。話しかけても」
「いいよ、もう」
ヤケクソになっていた。
僕が何かを言えば、映見さんは斜め上の答え方をして、結局僕は何一つ思うように映見さんに伝えられず、映見さんは自分の都合のいいように理解して、僕はそれに折れてしまう。完全にお手上げだ。
「どうして笑わないの?」
「それは、笑いたくないからだ」
「もしかしたら事故にあって、なんらかの作用で脳に障害があるとか?」
「事故になんて遭った事ないけど、そういう障害でもない」
映見さんは怪訝な表情で嘗め回すように僕を見た後、またニコリと微笑んだ。
「シバタ君?」
「柴犬の柴太君。『犬』の漢字の点の位置を下に置き変えると『太』ってなってそう読めるでしょ」
全く脈絡がない。僕はゆっくりと彼女に顔を向け、眉間に皺を寄せたまま黙り込む。
「あのね、私って変かな?」
「うん」
僕は素直に返事した。
「そっか。でもそれでいいんだ」
分かっていたといいたそうに彼女は笑ってからまた話し出す。
「だってさ、動物は笑わないって決め付けてたからさ、柴太君の笑顔を見てもらいたかったの」
「それ、僕と友達との会話のことだよね。聞いてたの?」
「うん」
思った通りあの会話が発端になってた。確かにあの時は周りにたくさんの人がいたと思うが、まさか聞かれているとは思わなかった。でもなぜそんな奇妙な事をしたのだろう。僕は怪訝にもっと眉間の皺を増やした。
「あの会話が気になってから、気がついたらあなたをずっと駅で探してたの。そしたらいつも下向いて背中丸めて不機嫌に歩いている姿ばかり見たの」
確かにいつもそうしてたけど、見られていたなんて知らなかった。
「私ね、気になるともうだめなの。この人はどういう人なんだろうって思うと好奇心が疼いちゃって、それでつい柴太君の写真見せたらなんか変わるかなって思いました」
なんで最後で敬語? しかも棒読みのわざとらしさ。
「迷惑だった?」
「うん……」
「ああ、やっぱり」
彼女は反省するどころか開き直って笑っていた。
これはもしや。なんだか相手してはいけないようなそんなヤバイ人に見えてしまう。
「そうなの。私ね、よくエキセントリックって言われるんだ」
口に出してないのに伝わっている。恐るべし洞察力。
「気にしないでね」
「気にするもしないも、気にしてるのはそっちでしょ」
「そうだね。ところで、名前なんていうの?」
「西守」
「えっ、死神?」
彼女から言われた言葉に僕はドキッとして「えっ!?」と叫ぶと、彼女も「えっ!?」とまた返してきた。
「いや、その、西に守るって漢字で『にしがみ』って読むんだ。西守透」
「そっか、じゃあ面白いから、『死神君』って呼ぶね、死神透君」
「えっ、ちょっとそれは……透だけでいいから」
「そう、じゃあ、透」
おい、いきなり呼び捨てになってるじゃないか。
「あの、僕、映見さんと仲良くするつもりないから」
「仲良くってやっぱり、手を繋いだり、抱き合ったりとか?」
「えっ?」
「そんな、私だって最初からそんな事思ってないから、安心して」
「はぁ?」
「私ね、あまり友達いないのね。だからこうやってお話してくれるだけですごく嬉しいの」
「いや、そうじゃなくて、僕は話すことも嫌で……」
その時、僕たちの目の前に数人の女子高生が固まって現れた。みんな映見さんと同じ制服を着ている。
「ちょっとトキオ。こんなところで何してるの。今日、掃除当番さぼったでしょ」
そのうちのひとりが叫んだ。
トキオと聞いて男の子みたいな名前だと思ったが、映見さんの苗字が時生だったと思い出した。
「ごめん。見逃して」
映見さんは僕をチラッと横目で見てから、女子高生たちに察してほしいと思わせぶりな態度をとっていた。しかも適当なジェスチャーまでしている。
「ああ、そういうことか。だったら仕方ないね」
どういうことだよ、何が仕方ないだよ。心の中で僕は突っ込んでしまう。
掃除をサボって責めていたはずなのに、いつの間にか大団円になっている。
「ありがとう。やっぱり持つべきものは友達ね」
いるんじゃないか、友達。
数人の映見さんの友達は小声で「頑張って」とエールを送りながら明るく去っていった。
映見さんも手を振り返していた。
「あの、さっきからなんか話がちぐはぐしているような気がするんですけど」
僕が言うと、映見さんは屈託のない笑顔を向けた。
「気のせいです。これでいいんです」
一体何がこれでいいのだろうか。
「とにかく、これからは僕に話しかけないでほしい」
「はい」
映見さんはあっさりと返事してにこっと微笑む。意表を突かれて僕の方が調子狂う。そうしているうちに映見さんは変な事をし出した。
「ん、ん、ん、ん」
口を閉じたまま唸りながら、手を動かし何かを僕に伝えようとしている。ジェスチャーだ。
「んんんん、んん、んんん」
あちこちに手が動き、全く意味がわからない。さっきの女の子たちには通じていたけど、これで一体何がわかるんだ。
「もう、分かったから口で話していいよ」
「いいんですか。話しかけても」
「いいよ、もう」
ヤケクソになっていた。
僕が何かを言えば、映見さんは斜め上の答え方をして、結局僕は何一つ思うように映見さんに伝えられず、映見さんは自分の都合のいいように理解して、僕はそれに折れてしまう。完全にお手上げだ。
「どうして笑わないの?」
「それは、笑いたくないからだ」
「もしかしたら事故にあって、なんらかの作用で脳に障害があるとか?」
「事故になんて遭った事ないけど、そういう障害でもない」
映見さんは怪訝な表情で嘗め回すように僕を見た後、またニコリと微笑んだ。