「私、何度もPP管理局の試験を受けたのに、一度も受かった事がないの。脅迫状はね、その腹いせ」

いつの間にかあんなにたくさんあったビールの泡が、すっかりなくなっていた。

「明穂が初めてうちに来て、その姿を見たとき、凄くびっくりしたんだ。私とあんまり変わらない女の子が、PP局に入って仕事してるのに、なんで私はって」

彼女はお酒を飲みながら、出てきた料理を口に運ぶ。

私にはまだ、彼女のことが分からないけれども、今の彼女はきっと、本当のことを話している。

「でも、反省した。だから、入れないんだって気づいた。それで、素直になることにしたの。いいなー明穂は、うらやましいって」

彼女はくすくすと笑う。

「ううん、うらやましくなんか、ないよ。どちらかと言えば、閉鎖的な所だし」

「だけど、私はうらやましい。自分がどうしても、知りたいことだったから」

彼女は、ぱっと顔を上げた。

「私ね、今度また、PP局の採用試験、受けるんだ。見て、自分史上最高にPPも上げたんだよ」

鞄から取り出したスマホには、『PP1756』の文字。

「ね、結構悪くないでしょ」

彼女がカメラを私に向ける。

写し出された私のPPは1623。

彼女は微笑んだ。

「これでダメだったら、もうあきらめる。今日は、つき合ってくれて、ありがとう」

彼女がグラスを持ちあげるから、私も持ちあげて、再びカチ合わせた。

彼女は満足げにビールを飲み干す。

「ね、私たち、もっと普通の友達になろうよ」

愛菜は言った。

「うん、そうだね」

多分きっと私たちは、普通に知り合って普通に話しが出来れば、本当に普通に友達になっていたんだと思う。

それから愛菜は、いつものように日々の細かな出来事を楽しそうに話していて、私もそれに相づちを打ち、お酒を次々に注文して、2人とも、ほどよく酔っ払った。

初めて、だった。

社会人になると、学生時代のように簡単に友人や交友関係が見つからない。

就職して、二年目の夏が来ようとしていた。

孤独を抱え、一人きりでいる人間を増やさないこと。

それもPPの役目。

孤独を抱えている人間が、問題を起こす。

それがAIの出した結論だった。

交流会の目的は、少子化対策だけではない。

孤立し、固定した人間関係を解きほぐすことも、その役目の一つ。

私も彼女も結局は同じ、ただの寂しい人なだけ。

なんのしがらみもない、ただの友達。

その存在がどれだけ貴重であるかなんて、同じ寂しさを抱えた人間にしか分からないんだろうな。

彼女の経歴は資料でもらって知ってはいたけど、私にも誰にだって、触れられたくない過去はある。

普通の友達でいたい。

「それでさ、局長がすっごい面白いんだよ、いっつも焦っててさ、オロオロしてて、面白いの!」

「へぇ、そうなんだ」

今の手元にあるのは、ライチのチューハイ。

「私も早く、その話題についていけるように、なりたいな」

気がつけば、私は一人でずっとしゃべっていて、愛菜はカラリとグラスの氷を指先で回した。

「面接って、いつなの?」

「来週の水曜日」

「頑張って! 絶対大丈夫だよ、応援してるから!」

「ありがと」

私の鼻息荒い応援に、彼女は笑った。

お会計はきっちり割り勘で、表示された金額をカードで交換。

「また私と、一緒に会ってくれる?」

「もちろん!」

「面接に、合格しなくても?」

私は可能な限り、自分の持てる力の全てを振り絞ってうなずいた。

「うん!」

愛菜はそれを見て、笑ってくれた。

お互いに手を振って別れた帰り道、色々あったけど、私は彼女のことを許せるような気がする。

彼女の憎らしいところも、嫌らしいところも、ダメな部分も弱い部分も、時折見せる気遣いや優しいところ、笑顔がかわいいところも、知っている。

それで充分だと思った。

完璧な人間なんて、この世にいない。

10のうち、好きが7で嫌いが3なら、好きでいいじゃないか。

私は彼女と、ずっと友達でいられる。

それでいいんだ。

翌朝の日記の更新で表示された内容は、私との飲み会の様子だった。

彼女の入局面接への、ささやかで控えめな、だけどしっかりとした意思表明が、そこには記載されていた。

「たける、頑張ってねって、メッセージを送っておいて!」

「そうだね明穂、愛菜ちゃんに『頑張ってね』って、メッセージを送ったよ」

朝日がまぶしい、今日もいい天気。

いつかこの道を、私も誰かと一緒に歩きたい。

本当に親友と呼べる、友達と。