パソコン画面に映し出される数値に、違和感を覚え始めたのはその頃からだった。
なにがおかしいのかと聞かれても、はっきりと答えることが出来ない。
ただ、ふいに画面が揺らぐとか、見ている数値の値が、やけに綺麗に並んでいるような気がするとか、そういった類いのものだった。
正しいんだけど、正しくない。
知らない間に、左右の靴下を履き間違えてる感じ。
でも、間違ってない。
PP不正操作の監視は、人間だけではなくAIも行っている。
プログラムの計算式に対する不正アクセスも同様、人間の能力をはるかにしのぐ、AIの監視の目に絶えずさらされている。
私たちは、AIが高速で処理していく疑惑の案件を、ただ見ているだけとは言え、何かがおかしい。
「あの、横田さん」
私が声をかけると、彼はすぐにふり向いた。
「なんだ」
「ここ数日、AIの処理する画面が、なんかおかしくありません?」
「なんかとは、なんだ」
「なんかとは言われても、困るんですけど……」
説明のために、具体的なイメージを考えてみる。
「あ、僕も分かります。なにか、変な違和感を感じるんですよね」
横田さんの隣にたまたまいた市山くんも、応えてくれた。
「なんてゆーか、エラーに出てくる数字の傾向が、変わったような気がするんです」
「実は僕も明穂さんと同じように感じていて、過去5年間に遡ってAIがはじき出した外的志向性音楽部門の、エラーコードの数値の変化を調べてみたんですが、相関関係はなかったんですよね」
「時代の流行的な傾向を差し引いてもなのか?」
横田さんも首をかしげた。
「AIが拾うエラーの傾向なので、なんとも言えませんけど」
メインコンピューターの部分に関しては、私たちが口出し出来ることではない。
「一応、局長に報告をあげておくか」
「それがいいと思います」
横田さんは業務連絡専用のポストページを開き、違和感に関する報告書を書き上げ、送信を終えた。
午後の二時過ぎ。
仕事も一段落して、みんなまったりくつろぎモードに入っている、要するに一番だらけてくる時間帯だ。
私たちは三人で、のんびりコーヒーを飲んでいる。
「横田さんは、気づかなかったんですか?」
「ん? まぁ、そう言われればそうかもな」
「明穂さん、ずっと言ってたんですよ。なんかおかしい、なんかおかしいって」
「保坂は……、最近は仕事熱心だからな」
コーヒーカップに口をつける横田さんの顔が、なぜが赤くなって横を向いた。
「仕事熱心って、当たり前じゃないですか、普通に仕事してて、何が悪いんですか?」
その証拠に、私のPPはやや上がり気味の1662。
「当然ですよ、横田さんだって、いつも熱心に仕事しているじゃないですか、毎朝毎朝気合い入れまくってゲートくぐってきて……」
私がしゃべればしゃべり続けるほど、横田さんと市山くんは、カップを口にくわえたまま黙りこんでいる。
何を言っても全く反応が返ってこない。
「ねぇ、話しちゃんと聞いてます?」
「保坂、お前は最近、なんて言うか……、俺たちに懐きすぎだ」
「は?」
そう言った横田さんは、ゆでだこのように真っ赤になって、カップをくわえたまま背を向けた。
「懐きすぎってなんですか、私は犬じゃないんですよ、何様のつもりですか? どーしてそんなことを……」
「横田さんの言い方が難しいんですよ」
おずおずと口にした市山くんも、十分含みのある言い方だ。
「明穂さん、最近は本当に仕事熱心で……、ずっとパソコンにかじりついてますからね」
「それの、なにがいけないのよ」
横田さんは相変わらず背中を向けたままで、市山くんは、だまり込んでしまった。
「はっきり言ってくれないと、分からないじゃない!」
背後から、黄色い笑い声が聞こえた。
この部署の女子、芹奈、七海、さくらの三人で、最新スイーツの女子トークで盛り上がっている。
「あの画面の揺れに関しては、なにか本当に変な感じなんですよね、プログラムが書き換えられてるとか、それはありえませんけど、作業中の突然のアップデートみたいな感じで、でも、それほど分かりやすくないってゆーか、だからといってなにか支障が起きてるわけでもなくて……」
「最近、女の子チームと仲良くないですよね」
市山くんが、上から目線なのに下から目線で様子をうかがう。
「は? どういうこと? そんなことありませんけど、気のせいじゃないんですか?」
こうやって私がぷりぷり怒れば怒るほどに、そうだと肯定しているようなものだ。
それは分かっているけど、やめられないとまらない。
「大体、仕事時間中は仕事しなくちゃいけないのに、雑談なら昼休みとか、終わってからにしろっていう話しですよね、無駄な時間なんてどこにあるっていうんですか、人生そんなヒマがあったら、もっと他にも……」
「明穂さん、言い過ぎです」
市山くんの言葉に、私は口を閉じた。
「喧嘩の原因は……、なんとなく分かってますけど、別に誰も悪くないですよ」
横田さんまで、ふり向く。
「仕事に逃げるなとは言わないが、今のお前の熱心さは、単なる空回りだ」
背中に聞こえてくる笑い声が、耳に痛い。
私だって本当は、こんな所で男二人にぐちぐち文句言われてるより、みんなと一緒にお菓子トークで楽しく盛り上がりたい。
「なにを言ってるんですか、仕事に支障なんてきたしてませんよ」
「いや、明穂さん、そうじゃなくってさ……」
「そうじゃなっくって、なによ」
もうだめ、これ以上何か言われると、また泣きそう。
扉の開く音がした。
「ちょっと、いいですか?」
そこには、透明な少年が立っていた。
幽霊のように局内各所に出没しているという噂の天才少年は、まさに噂通り、ふらりと部署にやってきた。
なにがおかしいのかと聞かれても、はっきりと答えることが出来ない。
ただ、ふいに画面が揺らぐとか、見ている数値の値が、やけに綺麗に並んでいるような気がするとか、そういった類いのものだった。
正しいんだけど、正しくない。
知らない間に、左右の靴下を履き間違えてる感じ。
でも、間違ってない。
PP不正操作の監視は、人間だけではなくAIも行っている。
プログラムの計算式に対する不正アクセスも同様、人間の能力をはるかにしのぐ、AIの監視の目に絶えずさらされている。
私たちは、AIが高速で処理していく疑惑の案件を、ただ見ているだけとは言え、何かがおかしい。
「あの、横田さん」
私が声をかけると、彼はすぐにふり向いた。
「なんだ」
「ここ数日、AIの処理する画面が、なんかおかしくありません?」
「なんかとは、なんだ」
「なんかとは言われても、困るんですけど……」
説明のために、具体的なイメージを考えてみる。
「あ、僕も分かります。なにか、変な違和感を感じるんですよね」
横田さんの隣にたまたまいた市山くんも、応えてくれた。
「なんてゆーか、エラーに出てくる数字の傾向が、変わったような気がするんです」
「実は僕も明穂さんと同じように感じていて、過去5年間に遡ってAIがはじき出した外的志向性音楽部門の、エラーコードの数値の変化を調べてみたんですが、相関関係はなかったんですよね」
「時代の流行的な傾向を差し引いてもなのか?」
横田さんも首をかしげた。
「AIが拾うエラーの傾向なので、なんとも言えませんけど」
メインコンピューターの部分に関しては、私たちが口出し出来ることではない。
「一応、局長に報告をあげておくか」
「それがいいと思います」
横田さんは業務連絡専用のポストページを開き、違和感に関する報告書を書き上げ、送信を終えた。
午後の二時過ぎ。
仕事も一段落して、みんなまったりくつろぎモードに入っている、要するに一番だらけてくる時間帯だ。
私たちは三人で、のんびりコーヒーを飲んでいる。
「横田さんは、気づかなかったんですか?」
「ん? まぁ、そう言われればそうかもな」
「明穂さん、ずっと言ってたんですよ。なんかおかしい、なんかおかしいって」
「保坂は……、最近は仕事熱心だからな」
コーヒーカップに口をつける横田さんの顔が、なぜが赤くなって横を向いた。
「仕事熱心って、当たり前じゃないですか、普通に仕事してて、何が悪いんですか?」
その証拠に、私のPPはやや上がり気味の1662。
「当然ですよ、横田さんだって、いつも熱心に仕事しているじゃないですか、毎朝毎朝気合い入れまくってゲートくぐってきて……」
私がしゃべればしゃべり続けるほど、横田さんと市山くんは、カップを口にくわえたまま黙りこんでいる。
何を言っても全く反応が返ってこない。
「ねぇ、話しちゃんと聞いてます?」
「保坂、お前は最近、なんて言うか……、俺たちに懐きすぎだ」
「は?」
そう言った横田さんは、ゆでだこのように真っ赤になって、カップをくわえたまま背を向けた。
「懐きすぎってなんですか、私は犬じゃないんですよ、何様のつもりですか? どーしてそんなことを……」
「横田さんの言い方が難しいんですよ」
おずおずと口にした市山くんも、十分含みのある言い方だ。
「明穂さん、最近は本当に仕事熱心で……、ずっとパソコンにかじりついてますからね」
「それの、なにがいけないのよ」
横田さんは相変わらず背中を向けたままで、市山くんは、だまり込んでしまった。
「はっきり言ってくれないと、分からないじゃない!」
背後から、黄色い笑い声が聞こえた。
この部署の女子、芹奈、七海、さくらの三人で、最新スイーツの女子トークで盛り上がっている。
「あの画面の揺れに関しては、なにか本当に変な感じなんですよね、プログラムが書き換えられてるとか、それはありえませんけど、作業中の突然のアップデートみたいな感じで、でも、それほど分かりやすくないってゆーか、だからといってなにか支障が起きてるわけでもなくて……」
「最近、女の子チームと仲良くないですよね」
市山くんが、上から目線なのに下から目線で様子をうかがう。
「は? どういうこと? そんなことありませんけど、気のせいじゃないんですか?」
こうやって私がぷりぷり怒れば怒るほどに、そうだと肯定しているようなものだ。
それは分かっているけど、やめられないとまらない。
「大体、仕事時間中は仕事しなくちゃいけないのに、雑談なら昼休みとか、終わってからにしろっていう話しですよね、無駄な時間なんてどこにあるっていうんですか、人生そんなヒマがあったら、もっと他にも……」
「明穂さん、言い過ぎです」
市山くんの言葉に、私は口を閉じた。
「喧嘩の原因は……、なんとなく分かってますけど、別に誰も悪くないですよ」
横田さんまで、ふり向く。
「仕事に逃げるなとは言わないが、今のお前の熱心さは、単なる空回りだ」
背中に聞こえてくる笑い声が、耳に痛い。
私だって本当は、こんな所で男二人にぐちぐち文句言われてるより、みんなと一緒にお菓子トークで楽しく盛り上がりたい。
「なにを言ってるんですか、仕事に支障なんてきたしてませんよ」
「いや、明穂さん、そうじゃなくってさ……」
「そうじゃなっくって、なによ」
もうだめ、これ以上何か言われると、また泣きそう。
扉の開く音がした。
「ちょっと、いいですか?」
そこには、透明な少年が立っていた。
幽霊のように局内各所に出没しているという噂の天才少年は、まさに噂通り、ふらりと部署にやってきた。