そんな彼女の宣言通り、翌日に完成されたプログラムは、凡人には理解不能な内容で溢れていた。

「毎朝7時に起きて、窓を開け朝日を浴びる」

「玄関を出るときは右足から、自動運転の車に乗ったら中で最初に一礼すること」

「期間中、梅干しと沢庵を同時に食べてはいけない」

「靴下は必ず右から履き……」

「うがいは一日3回以上……」

他にも全15項目。

意味の分からない、おまじないのような文章が並んでいる。

その指示書をスマホで読み上げながら、私と七海ちゃんは言葉を失い、フリーズしてしまった。

「ホント苦労したんだから。二人がいっぺんに切磋琢磨できるよう指示書つくるの」

当の芹奈さんは自信満々で、得意げに長い髪をはらりとなびかせる。

「こんなの、PPの数値回復のために、意味なんてあるわけないじゃないですか!」

思わず口走ってしまう。

私には下らなさすぎて、ついていけない。

しかも芹奈さんに、PPを上げたいと私から頼んだ覚えもないし。

「あら、どうしてそんなことが言えるの?」

「だって!」

PPを効率的に上げるにはコツがある。

それを芹奈さんは少し前に実践してみせてくれた。

PPの計算のための各項目に該当するデータを、重点的に操作すればよかったはずだ。

それがチートっぽくて嫌なら、1800の会のために私と市山くんが行ったような、理想的健康生活管理棟、ハイジアで、基礎的な体力、運動能力をあげ、地道に読書や研修で、知識を深めていくしかない。

そんな真っ当な方法ですらぶっとばして、こんな詐欺まがいのインチキ臭いやり方なんて、誰が信じられるかっていうの!

「だって、なに?」

今日の彼女は、とても高圧的なうえに恐ろしい。

「私は、私なりにあなたのことを考えて作ったのよ。あなたにしてみれば、余計なお世話かもしれないけど、私には、私なりに、あなたのために尽くしたい理由があるのよ」

「なんですか? それって」

芹奈さんの指が、たけるを指差した。

「コレ、恥ずかしいからやめて」

「たけるは関係ありません! 気に入ってるんですから、放っておいて下さい!」

ここに来てすぐの芹奈さんには、私とたけるの絆なんてわかりっこない。

私は、ちらりと芹奈さんから渡されたPPアップのためのリストを見た。

言いたいことは色々ある。

色々あるけど、もしこれを本当に芹奈さんが実行しているのなら、反論できる余地はない。

「芹奈さんは、ご自分でもこれをやられてるんですか」

「いいえ」

芹奈さんは、いつだって自信満々だ。

「だって、これはあなたと七海ちゃん用だもの」

なんだそれ。

ますますやる気をなくす。

だまり込んだ私に、芹奈さんの視線が刺さる。

「だってこんな変な内容、おかしいわよね。さくらもそう思うでしょ?」

突然ふられたさくらは、びっくりして顔をあげた。

自分では反論できないから、ここは中立的立場のさくらに頼るしかない。

「え、わたし?」

「ね、そう思わない?」

「えーっと、よく見てないから、私には何とも……」

芹奈さんと同じ、この部署では貴重な2000越えの横田さんにも詰めよる。

「ねぇ、横田さんだって、こんなことで……」

「俺に話しかけるな」

さっきまでおろおろと不安そうに成り行きを見守りつつ、こっちをちらちら心配そうに盗み見ていたはずの横田さんは、くるりと背を向けて不自然なまでにパソコン画面にかじりついた。

とっさに振り返って見つけた市山くんは、さっと横田さんに駆け寄り、仕事っぽい話しをしてるフリだ。

コイツら、逃げたな。

「だって、明穂ちゃんは正当な方法でやっても、すぐにPPを落とすんですもの。一時的には上がってもすぐに落ちるPPなんて、上げる意味がないわ」

芹奈さんのご高説は、いちいちごもっとも。

「だとしたら、普通のやり方ではダメってことなのよ。今までにやったことのない方法でチャレンジしてみないことには、恒常的なPPの維持にはならないってこと。分かる?」

バックアップデータ更新中で、動けないたけるを強く抱きしめる。

こういう時に反論するセリフを、AIもちゃんと学習してくれたらいいのに!

「とにかく、これでしばらくやってみましょうよ。PPの回復が見られないようなら、また方法を考えるわ」

じっとスマホの画面を凝視していた七海ちゃんが、低い声をうならせる。

「あの、毎朝7時に朝日を浴びるって書いてありますけど……」

「えぇ、そうね」

「雨の日とか、曇りの場合はどうすればいいんですか?」

「カーテンを開けて、窓越しに空を見上げるだけでいいわ」

「分かりました」

とにかく、七海ちゃんの気合いだけは凄かった。