それから数分後。

「はい、終わりましたよ。目を開けてください」

柔らかな車掌さんの声に、私は伏せていたまぶたを上げる。光が奪われていた時間は数分程度だったはずなのに、室内灯がやけに眩しくて、思わず目を細めた。

「気分は悪くありませんか?」

「はい、大丈夫です。ふわっとしたのも、本当に一瞬でした」

「それならよかったです」

安堵したように微笑んだ車掌さんは、続けて口を開く。

「七海さんの記憶を見せていただきました。そしてその中で、あなたが降車する三つの駅が決定しました」

その言葉に、なぜか胸がドキッと大きく鳴る。自分がどの過去に辿り着くのか全く想像もつかなくて、とけたはずの緊張が再び私を襲う。

「三つの駅を一気にお伝えしてしまって混乱するといけないので、駅はその都度七海さんに伝えるようにしますね。……で、早速ですが、最初の駅について、お伝えしてもよろしいですか?」

「……はい」

私は覚悟を決め、唇を噛みしめながら小さく頷いた。

「七海さんが初めに向かうのは……」

そこまで言い、一度手元のファイルに視線を落とした車掌さん。彼はしっかりと私の目的地を確認したあと、ゆっくりと伏せていた顔を上げる。

その瞬間に交わる互いの視線。車掌さんの真剣な眼差しに見つめられながら、私は次の言葉を待った。

「一七歳の三月、の駅ですね」

私がまず向かうのは、十七歳の三月。……ということは、高校二年生の終わりだ。その時の記憶ならまだ確かなはず。どんなことがあっても、誰と会おうとも、上手くやり過ごせる気がする。

「その三月の、どの場面をもう一度過ごすことになるかはまだ分からないんですか?」

とはいえ、やっぱり誰とどんなことをするのか気になってしまった私は、質問を素直に車掌さんにぶつけてみた。すると彼は「ああ」と小さく声を漏らし、きれいな笑みを浮かべる。

「今から、それをお伝えしなければと思っていたところです」

それを聞いて、今教えてもらえるんだ、と少しホッとする。その理由は、目的地に着くまでの間、心の中を整理したいと思っていたからだ。

もう一度自分の過去を過ごすためには、ある程度は〝こんなことがあったな〟と思い出しておきたいもの。

私はいったい、十七歳の三月、誰とどこで過ごしたシーンに降り立つことになるのだろう。

そう思いながら、車掌さんの言葉を待った。……けれど。その後告げられたある人物の名前に、私の胸が懐かしさに包まれる。

長田(おさだ)小夜さん。知っていますよね?」

「小夜……?」

「はい。あなたは十七歳の三月、長田小夜さんと別れを経験した。彼女が引っ越す前日、公園で話をしましたよね?七海さんには、その場面に向かってもらいます」

車掌さんはそう言うけれど、私の頭は全くついていってはくれない。いや、理解はしているが、受け入れ難いと言った方が正しいかもしれない。