それが、降車駅を決めるのにどう関係しているのか。そう、不思議に思ったのだけれど。自分で考えているうちに、ある憶測が思い浮かぶ。……もしかして。
「私の記憶をもとにして、駅を決めるっていうこと……?」
ご名答、と言いたげに彼が微笑む。
「あなたの記憶を僕が見て、その中からとあるシーンを三つ選択します。つまり、降車駅は、七海さんの過去の記憶。七海さんには、三度過去に戻ってもらい、そこで、三十分から一時間、また場面によっては、二時間程度の時をもう一度過ごしてもらう。そういうことです。……ああ、それと、つらい記憶や苦しい記憶は選択しませんので、そこはご安心くださいね」
なるほど。私がこの列車の説明を最初に受けたとき、車掌さんの言っていた、『途中の駅である出来事を体験してもらう』という言葉の本当の意味がようやく分かった。
つまり私は、自分が人生で過ごしてきたシーンを三つ、もう一度繰り返せばいいのだ。それが、〝ある出来事〟ということか。
意味は理解できたけれど、それには色々と気になることがある。例えば、当時とは違うことを喋ったり、全く異なる行動を起こしたりしてもいいのか、とか。
「だいたいは分かりました。でも、それって、前の時と違うことをしたりしてもいいんですか?もし前の時と同じことはダメって言われたとしても、……いちいち自分がどんな風に喋った、とか分からないし……」
心配そうにおずおずと視線を上げた私は、唇をきゅうっと噛みしめる。だって、不可能な話だ。いちいち日常のワンシーンを事細かに覚えていられる最強の記憶力を、残念ながら私は持っていない。
私の質問に、車掌さんは「安心してください」とにっこり微笑んだ。
「全く同じ台詞を口にしたり、全く同じ仕草や行動をとる必要はありません。……詳しくは、この紙に書いてありますので、一つ目の駅に到着するまでに目を通しておいてくださいね」
そうして手渡されたのは、一枚の紙切れ。《死神列車ご乗車の際の注意事項》と題されたそれには、ザッと見る限り、確かにいくつかの注意点が細かにまとめてある。
「とりあえず、行き先を決定させていただいてもよろしいですか?急ぐようで申し訳ないのですが……」
内容を詳しく見ようと思って紙を顔に近づけたところで、車掌さんの申し訳なさそうな声が耳に届いて、私は慌てて顔を上げた。
そうか、私の行き先は、まだ決まっていない。彼の言う、〝手続き〟というものをしなければ。
「いえいえ、こちらこそ色々と質問ごめんなさい。……お願いします」
小さく頭を下げれば、車掌さんも穏やかに笑って同じように会釈をしてくれた。