渥美はとうとう頭を抱えてしまった。

数ある遺産相続、離婚法廷、親権問題を解決させてきたエリート弁護士の頭さえも悩ませる人間失格は、ある種とんでもない実力の持ち主なのかもしれないとさえ、思う。


「相変わらずよくよく見てもおんぼろだな」
「哀愁あっていいしょ」
「おれの家を見たら、お前はここを犬の家と呼ぶだろうさ」

赤錆びの目立つ鉄製階段を上り、二階突き当たりの部屋の木製扉の前に立つ。

手書きの「伊野」と書かれた表札と、ポストからピザの広告を取り出してそれを眺めながら、
 伊野は自宅の扉を開けた。



「…あれ」

「…どうなってんだ、おい」




 落胆の声を漏らす渥美に、目を丸くする、伊野。その目線の先にあるのは、


女子高生、だった。


びしょ濡れでは無くなった代わりに、少女は泣き腫らした赤い目で、六畳一間の中心から、伊野と渥美を見たのち、

伊野に居直り、その華奢な体を大いに震わせて、声にならない奇声を上げて、泣いてしまった。


「…どうしようこれ、めんどくさい」

「…またふりだしに戻ったな」


三度抱きつかれた人間失格、
その隣で親友は冷ややかな目線。



→&Next.



「なんで戻って来たかな」

 少女は、黙ったまま何も語らない。
代わりに顔をうずめて伊野の脇腹にしっかりとしがみついては、

「く。苦しい。(あばら)が…折れる」

彼の骨に締め付けを加えていた。


「おまえ警察署に身元引き取られたっつったよな?」
「ホントだよ。小松の爺さんとその部下が確かにこいつを連れてったのを俺は見てた」
「まあ本人が言うんだから間違いないだろうけど…」

じゃあ、なぜ、ここにいるのかと。
伊野と渥美は二人して小首を傾げた。