─────────こら、(もとき)


“お兄ちゃんの言うこと聞きなさい”

“…は~い”

“兄ちゃん兄ちゃん!

おれおっきくなったら、兄ちゃんになるから!”

“バカだな幹、それは無理だよ”

“兄ちゃんみたいに
スゴくなるから!いつか、絶対だから!”

“…そっか。楽しみにしてるよ。約束な”

“うん!”


 ──────…約束。



指切りげんまんを交わした夕暮れに、幼い頃の僕と弟が見えた。

あの日の弟が、今。
こんな風にまで落ちぶれた兄を見たら、なんて言うのだろう、なんて。
考えても仕方のないことを、どうしようもなく考えた。


────────意志のない、操り人形め


「…」
「あ、オイ」

僕は、傍にあった医学書を全て焼き芋の枯れ葉の中に押し込んだ。
どこかの医大教授から受け継いだとかいう古い参考書は、火の中でより一層勢いを増して、ごうごうと燃えた。

煙が昇っていく様を見ながら、僕はいつの間にか泣いていたのかもしれない。
けれど、良かった。

誰がなんと言おうと、
僕がたった今、例えば頂点からまっ逆さまに墜落してしまったとしたって、僕は僕のために、僕の意志を貫いたなら、それでいい。


それがいい。


お隣さん/終&小編



数日後の話。
珍しく朝早くに、僕の家の呼び鈴が鳴った。

「…どなたですか……、あ」

眠い目を擦って開けた扉の先に、伊野さんが立っていた。
相変わらずのゆったりしたロンTに伸びきったスウェットには、何ら緊張感は感じさせない。

背中で朝陽が光っている。

「これ、この間のお詫び」

そう言って、伊野さんは大きな紙袋を僕に押し付けた。
中身を覗いてみると、そこには山積みとなった、古い医学書の数々。

「え?」
()はもういらないから」
「え、」
「“優秀な人材を無くすと、医療業界も大打撃だよな”、by渥美功太郎」

「や、あの!」

それだけ言って申し訳程度に頭を下げて家に戻ろうとする彼を、思い切って呼び止める。

「これ……この医学書。
 もしかして伊野さん……も…医大、目指してたりしたんですか?」

すると、彼は、振り向かないままきっと少し鼻をすすって
それから空いた左手で腰の辺りを掻いてから、

「さあどうでしょう」

振り向いて、僅かに口角を上げて笑った。
彼が家に戻ってから、寝起きで、事の分別もままならず、判然としない頭で考える。

「まさか、ね」

朝陽に一方的な挨拶を交わし、そしてまた眠りにつくことを決めて


僕はぱたんと扉を閉めた。






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