「八鳥くんは真面目だねえ」
大家の櫨山さんは、頭は寂しいけれど器の広い人だ。
「えっ?」
「いやぁ、ホラ、毎日勉強に予備校に忙しいのに、ちゃんとバイトもしてさ
親の仕送りに頼らないで家賃もちゃんと稼いで」
若いのに見直すよ。そう笑う櫨山さんが僕が手渡した家賃袋を受け取る間、
(自稼ぎじゃなかったらこんなボロアパートになんか住むもんか)
そう毒づいたのを彼は知らない。
自慢じゃないけれど、僕の家には昔から、人が言う「金持ちが持つもの」は全て揃っていた。
例えば世間で流行りのテレビゲーム。プラモデル。それらを手に入れたことをそれとなく仄めかしてやると、それを目当てにやって来るクラスメートは多くて、一口に言えば僕は人気者だった。
容易かった。
どんな難題を解くことよりも
人の心を釣り上げるのはいとも、
「違う、また雑念が」
「なに?」
「あっいや…」
「いや、でもホント。どっかのお隣さんとは大違い」
お隣さん。隣に住む人を、僕は名前だけしか知らない。
僕がここに来るより先に住んでいたから、越してきた当日ご挨拶も兼ねて洗剤を持って行ったことがあるんだが、
なにせその時
『なんだ、食い物じゃないんだ』
と言われてから、僕はなるべく関わらないことにしようと決めた。
自分の発想の斜め上を行く人間は、対処の仕方がわからないものだ。
「そうだ、八鳥くんが催促してよ」
「は?」
「もう僕もいい加減伊野さんの借金取りすんの疲れちゃってさ~
ヤクザでもいたらいいんだろうけど、平和主義だから、僕」
キラリと光る櫨山さんの頭。
「はぁ」
「自分より年下の人間がしっかりしてると聞いたら、さすがにきっと伊野くんもプライドが黙ってないと思うんだよね」
「や、でも僕勉強」
「 頼むよ八鳥くん 」
僕は、押しに弱い。