人間、弁解の余地も見出せない絶対的な不利に陥ったらなけなしの戦意すら喪失してしまう。
「人間失格」こと、伊野はそんな考えを持っていたため
「吐け。おまえが彼女を誘拐して自宅に監禁してた事実は割れてんだ!」
「もうそういうことでいいから、早く返してくんないかな」
事実を偽装して難を逃れようとしていた。
「そういうことってどういうことだ!お前のことだろ自分で罪を認めんか」
「だからそれでいいって」
「それって何だそれって!」
「まあまあ山さんそのくらいにしといて」
甲高い声で叫ぶ警察官の肩を叩いて現れたのは、市内の駐在所で面識のある、小松だった。
交代の意味合いなのか小松は笑顔で右手を左右に回すと、ヒステリック警察官の座っていたソファに腰を降ろす。
「や、久々だね伊野くん」
「どーもです」
「最近見なかったけれど、生きてた?」
「死んでたら誰がこんなとこ来るかな」
堂々巡りのやり取りを続けることかれこれもう三時間。
生来気の長い方の伊野も、さすがに痺れに加えてヤニを切らし投げやりに机上に足を投げると、署内の職員から白い目が飛んでくる。中でも正面で笑顔を絶やさない小松、ただ一人を除いて。
「で、ヤったの」
「質問に何か嫌らしさがあるのはなぜ」
「伊野くんは悪い子だからねえ」
小松の年齢は、今年26の伊野からしたら丁度親世代にあたる。その為、親ともろくに連絡を取っていない伊野にとっては一番身近な父親代わりでもあった。