「よう」


公園に辿り着くと、ベンチに座っていた髭もじゃの老人が伊野に話しかけてきた。

それは世間一般に言う、【ホームレス】というものだ。
ぼろぼろの草臥(くたび)れた装いに、伸びきった白い髭。杖をつき、その寂しい頭には土埃を被っている。

悪臭がないだけマシだ。一瞥(いちべつ)をくれるだけでいると、彼は自然と間合いに入ってきた。


ビビるニコル。
動じない伊野。
しがみつくニコル。
悶絶する伊野。


「また可愛い嬢さん連れとるの、とうとう犯罪に走ったか人間のクズ」

「あ、やっぱりそう見える?
 けどあんたは相変わらず変わらないね、(いわや)さん」

 窟と呼ばれた髭もじゃのその男が何歳であったか。
聞かされたことはあったろうに、伊野は忘れてしまった。

とはいえ出会った時のことは、今でもまだ鮮明に覚えている。


「昼間ここで寝てたら俺の財布盗んだんだよね」

窟さん。
そう言うと、隣でサンドイッチを口に含んだニコルが喉を詰まらせとんとんと胸を叩くので、背中を擦ってやる。

「盗んだも何も…あんな盗まれても仕方ない状況で爆睡しとったお前もお前だ。それに、あんな盗みがいのない財布を見たのははじめてじゃったわ」


伊野の当時の財布に入っていた額こそ。

28円。


「笑えるねえ」
「いや、泣ける」


 だって無駄に持ち歩いたらそれこそ狙われるじゃないか、そもそもそんな持ち歩くほど金も持ってないけどな、と

自虐的に笑って見せてから数秒。

「…やっぱ働こ」

人間失格は思い立つ。

「お前さんにゃあ、無理じゃわ」
「だよねぇ」
「!、!」

ニコル、必死に伊野の肩を叩く。

「や、努力はするよ」

努力はね。
誰のためでもない自分の為なんかに、そう本領発揮出来るような気がしない伊野雄介26歳。


「あんぱん食べます?窟さん」
「有難い。まぁその生活飽きたらいつでもわしに言え、ベストスポットくらい手配してやるわ」
「はあい」


とりあえずやっぱ、明日からやろうとか言ってる時点で既に無理



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