「ただいま」
アパートに帰ると、お母さんが夕飯の準備を済ませたところだった。
「おかえり」
エプロンの下には通勤服。私が高校に入ったと同時に、看護師のお母さんは夜勤を入れはじめたのだ。
「すぐに出るけど、ご飯はもうすぐしたら炊けるから。余った分は冷凍しておいて」
「うん」
パタパタとスリッパの音を響かせて身支度をするお母さんを眺めたあとで、自分の部屋へと向かう。椅子にかけながらスマホを見ていると、二回ノックの音がした。
「あ、ちょっといい? 結子」
お母さんがそう言って部屋のドアを静かに開ける。
「この前話したことだけど、やっぱり賛成できないわ、バイトをはじめるのは」
優しくたしなめるような口調でお母さんが言う。家を出ないといけない時間だというのに、なんでこんな話をするのだろうか。
「長期休みのときならまだいいけど、ほら、学生らしく部活とかさ……」
「部活はお金がかかるでしょ?」
「結子はそんな心配しなくてもいいから。やりたいことやるのが一番よ?」
お母さんはいつもそんなことを言う。だけど、お母さんが自分の服を買ったり美容室に行ったりしたのは、どのくらい前なのだろう。いつでも娘の私を優先して、片親なのを申し訳なく思っているような態度を取ってくるから、感謝はすれど少し息苦しくもあるのだ。