コミュニケーション類型Ⅱの課題3、要するに、指定された期日までに、俺たちはチームでピクニックに行かなければならない。

隕石衝突と環境破壊から始まった地球の気候変動によって、安全確保のため住民の外出日程と行き先は、細かく制限されている。

それがスクールの課題となったら、なおさらだ。

結局、カズコがスクールで指定されている公園の一つを予約し、そこへ行くことが決まった。

当日の天候は曇り、一年のうち晴れている日が100日以下、年間日照時間が1000時間を越えることがない時代だ。

上々の遠足日和といったところだろう。

スクールから出発する専用のキャンピングカーに、チームの全員が乗り込む。

ルーシーは、この世界にやって来てからの、初めての外出といっても過言ではないような状態だったらしい。

相棒のキャンビーを抱きかかえた彼女は、いつもよりやや興奮しているように見えた。

予定時刻ぴったりに出発した車内で、ルーシーは熱心に窓の外を見ている。

「外の様子が気になる?」

カズコが声をかける。

窓の外だなんて、キャンプの統一された規格にそった、住宅とショッピングモールが並んでいるだけの風景だ。

どこをどれだけながめても、さほど変化があるわけでもない。

レオンとニールは、昨日の夜遅くまで二人でゲームをして遊んでいたらしく、ぐっすり眠っている。

俺は今回の課題提出のための討論テーマを、ルーシーにも参加できるような内容にしようと頭を悩ませていた。

使用していた車内に設置されたパソコンの画面を、ふいに彼女がのぞき込む。

ルーシーのキラキラした目が、俺を見上げた。

「今日のピクニックの、準備をしているんだ」

とは言っても、画面に写っているのは、レポートとして提出しなければならない討論のテーマを検索している、文字だらけのページだ。

そういえば、この子はどれくらい言葉を覚えたのだろう。

俺は試しに、画面に写った『可能性』という文字を指でさした。

「これ、分かる?」

ルーシーは、その俺の指先を見つめてはいたが、何を問われているのかは分かっていないようだった。

「じゃあ、これは?」

次は『増える』という文字。

もっと簡単な単語の方がいいと分かってはいても、今開いている画面では、適切と思われる単語が他に見当たらない。

「『増える』です」

代わりに、ルーシーのキャンビーが答える。

「正解」

そう言って、俺がにこっと笑って見せると、彼女は満足したように自分のキャンビーを抱きしめた。

何に納得したのかは全くの不明だが、彼女は俺の目を見てしっかりとうなずくと、くるりと背を向けて、再びカズコの隣に腰を落ち着ける。

「ヘラルドの要求は、難しすぎるのよ」

カズコはくすくすと笑って、自分のパソコン画面を開く。

「ねぇ、これを見て? ルーシー」

二人は仲良く画面を見ながら、楽しそうに何かを話し始めた。

カズコは彼女に、時々文字や言葉を教えてやっていた。

だけど、ルーシーの口から発する言葉は、まだ言葉とは言い難い、音だけの発声といったところだ。

スクールからの課題に、彼女の語学の項目はあったはずだが、学習が全く進んでいない。

ニールが片目をあけた。

「ルーシーは自分で勉強してんだろ? カズコが手伝うことないじゃないか。うるさいからちょっと静かにして」

レオンは眠たそうな目をこすって、起き上がる。

「俺は別に平気だよ」

彼は、カズコと並んで座るルーシーの横に、腰を下ろした。

「俺も一緒に勉強するー」

急ににぎやかになった車内でニールはため息をつき、横になったまま再び目を閉じ背を向けた。

こうなったら、すぐにあきらめがつくのは、ニールのいいところでもある。

彼は基本的に、自分の興味のあることにしか興味がない。

俺は、討論テーマを選んでいた画面に視線を戻す。

『隕石衝突後からの地球気候の変動とその経過、今後の予測』

『電子情報化社会におけるエリア格差とコミュニケーション構築の問題点』

『花粉の飛散を支える物理的構造とその類似点』等々、

そうだよな、こんなテーマを持ってきたって、今のルーシーには、何も分からないだろうな。

ただ行って帰ってきただけの遠足に加点はない、終了の認定がもらえるだけだ。

それでは行く意味がない。

だけど、今の彼女にとって一番の最適解は、ただそこに行くことだけなのかもしれない。

その答えにようやくたどり着いた俺は、パソコンの画面を閉じた。

微かに伝わる車の振動と、カズコたちのにぎやかな声を背景に目をつむる。

それからもしばらく、走り続けた。

目的地への到着を知らせるアナウンスが聞こえ、車を降りると、目の前は芝生の広がる自然公園が広がっていた。

俺たち5人以外には、他に誰もいないいつもの静けさに、公園の中央を流れる人口小川のせせらぎが聞こえる。

周囲にはこの辺りの元自然林を再現した樹木が植えられていて、行き着く先の絶壁には、ぱっくりと開いた空が広がり、その向こうに海が広がっていた。

真っ先に車から飛び降りたルーシーは、その川に向かって駆けだしていく。

彼女に子犬のように付きそうキャンビーが、後を追いかけていった。

「討論のテーマは決まった?」

「今回はなし、ってことで」

そう答えた俺に、カズコは笑った。

「そうね、それがいいかも」

レオンがルーシーを追いかけて行く。

「川だー! 久しぶり!」

ようやく降りて来たニールは、大きなあくびをした。

「で、メシはいつにすんの?」

キャンピングカーから下りて来たケータリング専用のロボットが、調理を始めている。

こういう時だけは、全員が同じ物を食べる仕組みだ。

ルーシーの相手に飽きてしまったらしいレオンは、川に泳ぐ魚を捕まえるのに夢中になっている。

彼女は服に水がかかるのを嫌がって、そこから離れていってしまった。

「俺も魚とってこよ!」

ニールは川に向かって走る。

カズコは一人静かに座って、本を読み始めた。

ベビースクールからこっちに移って約13年、ずっと同じ時間を過ごす俺たちにとっては、当たり前の風景だ。