その一週間後――宣言通り、佐伯先輩はキャンディーを持ってきてくれた。それも棒つきのキャンディーを。休み時間に食べ終わるか心配になる大きさのそれを、目があって真っ先に「あげる」とわたしてきたのだ。それにはわたしだけではなく、アコもびっくりして目をパチパチとしばたたかせる。けれどすぐに「はいよ」と当たり前のように河南先輩から飲み物をわたされる。きっと担当を変更させたのだろう。その日の円城先輩のデザートはゼリーではなく、プリンに変更していた。
今日はそういう日なのかな?
食後にもらったキャンディーをなめていると、佐伯先輩はうれしそうに終始にこにことしながらわたしを見つめる。円城先輩は円城先輩で大好きなアコのことを眺めているし、河南先輩はスマホがピコンと鳴ってからずっとだれかと連絡を取っている。
なんだろう、この異空間。
「みっちゃん、美味しい?」
「ふぁい」
あめ玉が大きすぎて普通に返事を返せない。けれどそれすらも佐伯先輩のツボにはまったらしく「そっか~」と幸せそうに笑うのだった。
なんとか休み時間内にキャンディーを棒だけの状態にすると、不思議と達成感のようなものを感じる。透明な棒の先端を包み紙で包んでからパンが入っていたビニール袋へと入れる。
「じゃあまた」
そしていつものように別れる。
けれど今日のわたしはいつもとは違った。昼食後の授業。いつもなら満腹後の眠気でうつらうつらしている5限目。ノートはしっかりととりつつも、授業とは関係のないことを考えていた。
いつももらってばっかりだし、日頃お礼に何かお返しが出来ないだろうか、と。
ノートの空きスペースに思い浮かんだことを書いてみるけれど、いいものはなかなか浮かばない。自分で書いておきながらではあるが今時『肩たたき』って母の日でもしない。プレゼントをするにしたって好みや嫌いなものが何かなんて分からない。無難にシャーペンとかボールペンなら外さないだろうけど、ああいうのって使い勝手のいいものじゃないと結局使わないままなんだよね……。
どうしようかな~。
授業終わりにノートを見つめながらはぁっと大きめのため息を吐く。すると前の席のアコが身体を反転させて首を傾げた。
「みっちゃんどうしたの?」
「アコ~」
次の時間もアイディア出しに費やしたところでいい案は浮かばないだろう。わたしの頭の限界は所詮、この程度なのだ。心配そうにするアコにヘルプを求めて手を伸ばす。
「お返し?」
「うん。ずっともらってばっかりだから何か返したいんだけど、何かいいアイディアない?」
「なら手作りお菓子なんてどうかな?」
「手作りお菓子!? ムリムリ」
わたしが授業以外でお菓子作るのなんて年に一回。二月にあるチョコレートの祭典『バレンタイン』だけだ。それも毎年作るものは同じ。湯せんして溶かしたチョコレートと生クリームを練って、ココアをつけただけのトリュフによく似たなにか。お母さんが全部用意してくれてから作るから、材料が本当にそれだけなのかと聞かれると速攻でスマホに頼らざるを得ない。一応学校で調理実習はあったけど、わたしの役目といえばもっぱら皮むきとお皿洗い。後は鍋をかき混ぜたりとかかな。ほとんどアコがやってくれてたからわたしの調理スキルは上がらないまま。お母さんに結婚する時どうするのよ! なんて言われたりもするけれど、今のご時世、冷凍食品にレトルト食品といろいろと簡単に食べられるものがあふれているのだ。そうあぐらをかき続けて今に至る。
だから絶対手作りお菓子なんてムリだって。
顔の前で風を切るようにブンブンと手をふる。
「アコだって知っているでしょう? わたしの唯一作れるのはボコボコトリュフだって!」
「美味しいよね~。毎年うちのお母さんと一緒にみっちゃんのトリュフ楽しみにしてるんだよ」
「そうなの?」
「うん」
まさかの事実だ。毎年ありがとう、って笑いながら受け取ってくれているのはてっきり気を使ってのことだとばかり。けれど目の前のアコの目はランランと輝いていて、お世辞を言っているようには見えなかった。気に入ってくれているなら来年はアコの分を少し増やすことにしよう。脳内メモに『アコのトリュフ増量!』と赤い文字でメモをする。けれどこれはアコの話だ。もう10年近く一緒にいた友だちで、少しどころか結構形がイビツでも全く気にしない懐の広さを持ったアコの。
「でも先輩たちにあれは渡せないよ。ビックリされちゃう」
「ならカップケーキなんてどうかな? ホットケーキミックスを使えば簡単だよ」
「……アコ、手伝ってくれる?」
「もちろん!」
「ありがとう、アコ!」
うれしさあまってアコに飛びつく。一気に近づいた距離。自ずと小さな声でも聞こえてしまうもので。
「それにわたしも円城先輩に渡したいし……」
「積極的なアコだ!」
めずらしい! と抱きしめる力を強くすれば、アコの耳は恥ずかしさで色を変えていく。別に恥ずかしいことじゃないのに。アコったら恥ずかしがり屋さんなのだ。
今日はそういう日なのかな?
食後にもらったキャンディーをなめていると、佐伯先輩はうれしそうに終始にこにことしながらわたしを見つめる。円城先輩は円城先輩で大好きなアコのことを眺めているし、河南先輩はスマホがピコンと鳴ってからずっとだれかと連絡を取っている。
なんだろう、この異空間。
「みっちゃん、美味しい?」
「ふぁい」
あめ玉が大きすぎて普通に返事を返せない。けれどそれすらも佐伯先輩のツボにはまったらしく「そっか~」と幸せそうに笑うのだった。
なんとか休み時間内にキャンディーを棒だけの状態にすると、不思議と達成感のようなものを感じる。透明な棒の先端を包み紙で包んでからパンが入っていたビニール袋へと入れる。
「じゃあまた」
そしていつものように別れる。
けれど今日のわたしはいつもとは違った。昼食後の授業。いつもなら満腹後の眠気でうつらうつらしている5限目。ノートはしっかりととりつつも、授業とは関係のないことを考えていた。
いつももらってばっかりだし、日頃お礼に何かお返しが出来ないだろうか、と。
ノートの空きスペースに思い浮かんだことを書いてみるけれど、いいものはなかなか浮かばない。自分で書いておきながらではあるが今時『肩たたき』って母の日でもしない。プレゼントをするにしたって好みや嫌いなものが何かなんて分からない。無難にシャーペンとかボールペンなら外さないだろうけど、ああいうのって使い勝手のいいものじゃないと結局使わないままなんだよね……。
どうしようかな~。
授業終わりにノートを見つめながらはぁっと大きめのため息を吐く。すると前の席のアコが身体を反転させて首を傾げた。
「みっちゃんどうしたの?」
「アコ~」
次の時間もアイディア出しに費やしたところでいい案は浮かばないだろう。わたしの頭の限界は所詮、この程度なのだ。心配そうにするアコにヘルプを求めて手を伸ばす。
「お返し?」
「うん。ずっともらってばっかりだから何か返したいんだけど、何かいいアイディアない?」
「なら手作りお菓子なんてどうかな?」
「手作りお菓子!? ムリムリ」
わたしが授業以外でお菓子作るのなんて年に一回。二月にあるチョコレートの祭典『バレンタイン』だけだ。それも毎年作るものは同じ。湯せんして溶かしたチョコレートと生クリームを練って、ココアをつけただけのトリュフによく似たなにか。お母さんが全部用意してくれてから作るから、材料が本当にそれだけなのかと聞かれると速攻でスマホに頼らざるを得ない。一応学校で調理実習はあったけど、わたしの役目といえばもっぱら皮むきとお皿洗い。後は鍋をかき混ぜたりとかかな。ほとんどアコがやってくれてたからわたしの調理スキルは上がらないまま。お母さんに結婚する時どうするのよ! なんて言われたりもするけれど、今のご時世、冷凍食品にレトルト食品といろいろと簡単に食べられるものがあふれているのだ。そうあぐらをかき続けて今に至る。
だから絶対手作りお菓子なんてムリだって。
顔の前で風を切るようにブンブンと手をふる。
「アコだって知っているでしょう? わたしの唯一作れるのはボコボコトリュフだって!」
「美味しいよね~。毎年うちのお母さんと一緒にみっちゃんのトリュフ楽しみにしてるんだよ」
「そうなの?」
「うん」
まさかの事実だ。毎年ありがとう、って笑いながら受け取ってくれているのはてっきり気を使ってのことだとばかり。けれど目の前のアコの目はランランと輝いていて、お世辞を言っているようには見えなかった。気に入ってくれているなら来年はアコの分を少し増やすことにしよう。脳内メモに『アコのトリュフ増量!』と赤い文字でメモをする。けれどこれはアコの話だ。もう10年近く一緒にいた友だちで、少しどころか結構形がイビツでも全く気にしない懐の広さを持ったアコの。
「でも先輩たちにあれは渡せないよ。ビックリされちゃう」
「ならカップケーキなんてどうかな? ホットケーキミックスを使えば簡単だよ」
「……アコ、手伝ってくれる?」
「もちろん!」
「ありがとう、アコ!」
うれしさあまってアコに飛びつく。一気に近づいた距離。自ずと小さな声でも聞こえてしまうもので。
「それにわたしも円城先輩に渡したいし……」
「積極的なアコだ!」
めずらしい! と抱きしめる力を強くすれば、アコの耳は恥ずかしさで色を変えていく。別に恥ずかしいことじゃないのに。アコったら恥ずかしがり屋さんなのだ。