風車見学に出掛けるまでに、もうしばらく時間をつぶすことになった。さっきスバルさんが受けた電話は東京にある重工業会社の本社からで、午後の会議で龍ノ里島の風車のデータが急遽必要になったから送ってくれ、という内容だった。
スバルさんは申し訳なそうに手刀を切って、部屋にこもった。気分がささくれたおれにとっては、むしろちょうどよかった。
「散歩、行ってくる」
ハルタがトイレに入っている隙にカイリにだけ告げて、おれはバッグを手に、帽子をかぶって外に飛び出した。目的もなく、山頂のほうへと、乾いたアスファルトの上を駆ける。あっという間に息が切れて、とぼとぼと歩く羽目になる。
暑い。風が吹いていても、日差しがきつくて気温が高い。動けば、やっぱり暑いと感じた。汗が噴き出す。
龍ノ背山に連なる尾根は勾配がきつい。道はまっすぐではなく、うねりながら続いている。ヘアピンカーブを曲がりながら、錆びたガードレールを手で触れた。
「こういうコース、シュトラールの十八番だ」
レーサー泣かせの急激なコーナーもアップダウンも、シュトラールは着実に切り抜ける。トルクのある走りで粘り勝ちするのが、シュトラールのスタイルだ。それを実現するために、徹底的に冷静にセッティングを練るのが、おれの戦術だ。
バカみたいだ。
散歩しながら、古びた道をプラモートのコースになぞらえて、空想にふけっている。何をやっているんだか。
バカバカしいのに、背中に斜め掛けにしたバッグの中に、小さな相棒の存在を感じる。もしも小学生の自分に話し掛けることができるなら、文句を言いたい。
「何でこんなに好きになったんだよ?」
あのころは、プラモートでいちばん速くなれば天下を取れるつもりでいた。大人に勝てるものがあることが誇らしかった。いつか自分も大人になるんだってことを、少しも理解していなかった。
カッコ悪いんだよ、こんなの。
大人になれば、自動車模型なんていうおもちゃは卒業しなきゃいけない。なのに、あまりにも深くのめり込んでしまった。一つも捨てられないんだ。壊れたパーツやつぶれたネジ、歪んだシャフトや割れたホイール。
おれの机の中をのぞく人がいれば、きっと、整然と分類されてしまい込まれたガラクタの数々に呆れてしまうだろう。頭がおかしいとすら思うかもしれない。
やっぱり、おれは異常なのかな。自分でも、せめて、もう使えないパーツくらいは捨ててしまおうとしたことがある。何度もある。勉強の邪魔になるし、生徒会や部活で忙しいのに、何をやっているんだって。
でも、つらくて捨てられなかった。自分でも意味がわからない。
ものを捨てるのが苦手なのは昔からで、だから、最初からたくさんのものを持たないように気を付けてきた。なのに、いつの間にこんなに増えてしまったんだろう? 机の中にもおれの頭の中にも、ぎっしりと、捨てなきゃいけないはずのものが詰まっていて。
レースに出ることはもうないくせに、シュトラールのメンテナンスやクリーニングをサボると、罪悪感がある。眠れない体質になってから、ますますだ。夜通し勉強するのにも飽きたら、気付いたときには手がシュトラールを求めている。
依存症ってやつだよな。プラモート依存症。レース依存症。子ども時代依存症。
おれは、いつしか足を止めて、じっと考え込んでいた。ぐるぐる、ぐるぐると、同じことばかりを悩み続けて、苦しくなって叫びたくなって暴れたくなって。
声を殺したまま叫ぶ。
「…………ッ!」
脚を上げて、錆びたガードレールを蹴った。ガゥン、と鈍い音。かかとがジンジンと痛む。
コースを仕切るフェンスに激突すれば、当然、ダメージがあるものなんだ。こうやって不用意にぶつかると、プラモートの場合、適切な装備をしてやらないと、簡単に吹っ飛んでコースアウト。レースでは一発でリタイヤだ。
プラモートは、ラジコンと違って、方向制御装置が付いていない。コーナリングは、左右に張り出したフロントとリヤのバンパーに、地面と水平方向に回転するローラーを付けて壁に沿わせることで、クリアする。
おれはもう一度、足を上げてガードレールを蹴った。急斜面を九十九折で上っていく、百八十度のヘアピンカーブ。
こんな急角度で突っ込むコーナーがあるときは、速度の乗り過ぎに注意する。衝撃を逃がすため、フロントバンパーには、バネを仕込んだ可動域を作っておくか。
ローラーは、おれはたいてい低めの位置にして重心を下げる。重心の問題だけじゃなく、アップダウンの激しいコースで車体が跳ねることを考慮すれば、低い位置のローラーなら壁に引っかかって動けなくなる心配がない。
いや、バネの効きやマスダンパーの位置を工夫して、マシンを跳ねさせないのがいちばんいい。地面に貼り付くような走りを目指さなきゃいけない。龍ノ里島みたいにきつい勾配の多いコースの場合は、特に。
「何なんだよ……」
曲がりくねった道路を見ると、プラモートでの攻略法を考えてしまう。どうしても、このバカバカしい癖が抜けない。
タイヤの直径は小さいのが好きだ。トルクのあるモーターと合わせれば、トップスピードは劣っても、マシンは難所のコーナーや坂をぐんぐんと越えていく。そんな走りで、おれとシュトラールはレースに勝ってきた。
スバルさんは申し訳なそうに手刀を切って、部屋にこもった。気分がささくれたおれにとっては、むしろちょうどよかった。
「散歩、行ってくる」
ハルタがトイレに入っている隙にカイリにだけ告げて、おれはバッグを手に、帽子をかぶって外に飛び出した。目的もなく、山頂のほうへと、乾いたアスファルトの上を駆ける。あっという間に息が切れて、とぼとぼと歩く羽目になる。
暑い。風が吹いていても、日差しがきつくて気温が高い。動けば、やっぱり暑いと感じた。汗が噴き出す。
龍ノ背山に連なる尾根は勾配がきつい。道はまっすぐではなく、うねりながら続いている。ヘアピンカーブを曲がりながら、錆びたガードレールを手で触れた。
「こういうコース、シュトラールの十八番だ」
レーサー泣かせの急激なコーナーもアップダウンも、シュトラールは着実に切り抜ける。トルクのある走りで粘り勝ちするのが、シュトラールのスタイルだ。それを実現するために、徹底的に冷静にセッティングを練るのが、おれの戦術だ。
バカみたいだ。
散歩しながら、古びた道をプラモートのコースになぞらえて、空想にふけっている。何をやっているんだか。
バカバカしいのに、背中に斜め掛けにしたバッグの中に、小さな相棒の存在を感じる。もしも小学生の自分に話し掛けることができるなら、文句を言いたい。
「何でこんなに好きになったんだよ?」
あのころは、プラモートでいちばん速くなれば天下を取れるつもりでいた。大人に勝てるものがあることが誇らしかった。いつか自分も大人になるんだってことを、少しも理解していなかった。
カッコ悪いんだよ、こんなの。
大人になれば、自動車模型なんていうおもちゃは卒業しなきゃいけない。なのに、あまりにも深くのめり込んでしまった。一つも捨てられないんだ。壊れたパーツやつぶれたネジ、歪んだシャフトや割れたホイール。
おれの机の中をのぞく人がいれば、きっと、整然と分類されてしまい込まれたガラクタの数々に呆れてしまうだろう。頭がおかしいとすら思うかもしれない。
やっぱり、おれは異常なのかな。自分でも、せめて、もう使えないパーツくらいは捨ててしまおうとしたことがある。何度もある。勉強の邪魔になるし、生徒会や部活で忙しいのに、何をやっているんだって。
でも、つらくて捨てられなかった。自分でも意味がわからない。
ものを捨てるのが苦手なのは昔からで、だから、最初からたくさんのものを持たないように気を付けてきた。なのに、いつの間にこんなに増えてしまったんだろう? 机の中にもおれの頭の中にも、ぎっしりと、捨てなきゃいけないはずのものが詰まっていて。
レースに出ることはもうないくせに、シュトラールのメンテナンスやクリーニングをサボると、罪悪感がある。眠れない体質になってから、ますますだ。夜通し勉強するのにも飽きたら、気付いたときには手がシュトラールを求めている。
依存症ってやつだよな。プラモート依存症。レース依存症。子ども時代依存症。
おれは、いつしか足を止めて、じっと考え込んでいた。ぐるぐる、ぐるぐると、同じことばかりを悩み続けて、苦しくなって叫びたくなって暴れたくなって。
声を殺したまま叫ぶ。
「…………ッ!」
脚を上げて、錆びたガードレールを蹴った。ガゥン、と鈍い音。かかとがジンジンと痛む。
コースを仕切るフェンスに激突すれば、当然、ダメージがあるものなんだ。こうやって不用意にぶつかると、プラモートの場合、適切な装備をしてやらないと、簡単に吹っ飛んでコースアウト。レースでは一発でリタイヤだ。
プラモートは、ラジコンと違って、方向制御装置が付いていない。コーナリングは、左右に張り出したフロントとリヤのバンパーに、地面と水平方向に回転するローラーを付けて壁に沿わせることで、クリアする。
おれはもう一度、足を上げてガードレールを蹴った。急斜面を九十九折で上っていく、百八十度のヘアピンカーブ。
こんな急角度で突っ込むコーナーがあるときは、速度の乗り過ぎに注意する。衝撃を逃がすため、フロントバンパーには、バネを仕込んだ可動域を作っておくか。
ローラーは、おれはたいてい低めの位置にして重心を下げる。重心の問題だけじゃなく、アップダウンの激しいコースで車体が跳ねることを考慮すれば、低い位置のローラーなら壁に引っかかって動けなくなる心配がない。
いや、バネの効きやマスダンパーの位置を工夫して、マシンを跳ねさせないのがいちばんいい。地面に貼り付くような走りを目指さなきゃいけない。龍ノ里島みたいにきつい勾配の多いコースの場合は、特に。
「何なんだよ……」
曲がりくねった道路を見ると、プラモートでの攻略法を考えてしまう。どうしても、このバカバカしい癖が抜けない。
タイヤの直径は小さいのが好きだ。トルクのあるモーターと合わせれば、トップスピードは劣っても、マシンは難所のコーナーや坂をぐんぐんと越えていく。そんな走りで、おれとシュトラールはレースに勝ってきた。