☆.。.:*・゜

 中途半端になってしまった学校探検の後、カイリとスバルさんの家に戻って、おれは部屋にこもった。ベッドに寝転んで、参考書に線を引いたり、気晴らしに本を読んだりする。

 いきなり眠ってしまうことを睡眠発作と呼ぶらしい。おれの場合、発作は連続して起こりやすい。今日じゅうにまた倒れるかもしれないから、外に出るのはやめた。
 軽い頭痛がしている。発作が起こるたび、無意識下で息を止めている時間があるようで、目が覚めてからも、ちょっとした酸欠状態がしばらく続く。

 カイリとハルタは、釣りに出掛けている。昨日フェリーから降り立った波止場の浮き桟橋で釣り糸を垂れたら、エサをまいてやるだけで、簡単にアジが釣れるらしい。ついでだから泳いでくると、ハルタが張り切っていた。

 二人きりで海、か。カイリとハルタ、楽しんでくるんだろうな。悔しいけれど、今日は仕方がない。海のそばで睡眠発作が起こったらと想像すると、怖い。泳いでいるときだったら最悪だ。
 いや、意識がないときに溺れ死ぬなら、苦しくも怖くもないのかな? だったら、案外いいのか。でも、水死体って悲惨だよな。

 死というもののイメージをネットで検索したことがある。死にたいわけでも死体に興味があるわけでもなかったけれど、自分が死んだらどうなるんだろうと、唐突に気になった。
 きれいな死に方ってないんだな、と感じた。首を吊ったら、目玉や舌が飛び出すし、腹の中のものが下に垂れ流しになる。手首を切るときは、血が固まらないように湯船につかる必要があるから、死体はふやけてぶよぶよになる。

 列車に飛び込んだら、百パーセント、バラバラ死体。ニュースで出てくる、頭や全身を「強く打って死亡」というのは、原形をとどめないグチャグチャな状態という意味らしい。屋上から飛び降りるのも、体はメチャクチャに壊れるだろう。
 睡眠薬は、顔も体もパンパンに腫れたようになるらしい。毒薬はどう考えても苦しくて、暴れまくった死にざまは決してきれいじゃないはずだ。

「このままダラダラ生きてくのかな、おれ」
 生きるのがイヤなんじゃなくて、ダラダラなのがイヤだ。細く長く退屈な人生を歩んでいくより、叶えたい夢に燃えて派手に燃え尽きる人生のほうがいい。

 ハルタは、おれの憧れる派手な人生を送ることになるかもしれない。レーサーって、死と隣り合わせの生き方だから。
 母親は最初、ハルタがカート教室に通うことに断固として反対した。レーサーになんかなっちゃいけないと、弱々しく泣きながらハルタに訴えた。おれたちがうるさいときには、もっとうるさい声で怒鳴って叱り飛ばすような母親なのに、その日の泣き方は全然違った。

 レーサーが背負うリスクは、猛スピードで走るマシンでのクラッシュだけじゃない。レースの間、レーサーの心拍数は跳ね上がる。F1レーサーの場合、平均して、一分間に二百以上になるらしい。つねに全力疾走しているような心拍数だ。
 心拍数が極端に高まった心臓に、強烈な重力が掛かる。それに、レーサーは耐火スーツを着ているから、レース中の体温は上がりっぱなしになって、すごい量の汗をかく。水分補給もできない。血液がドロドロになって、血圧が急上昇する。

 つまり、レース中のレーサーは、いつ心臓が止まってもおかしくない危険なコンディションにある。しかも、一瞬でも気を抜いたらクラッシュするデスマッチ。怖い。おれは、そんなマシンに乗ることなんてできない。そんな怖いマシンは愛せない。
 だけど、ハルタはやるんだ。母親の反対に正面からぶつかって、何が何でもレーサーになってやると宣言した。

「レーサーになって、世界チャンピオンになってやる。伝説って呼ばれるくらい勝ってやる。かあちゃんに世界旅行をプレゼントしてやる。だから、おれを信じろ!」

 毎日毎日、何度も何度も、ハルタは母親を説得した。飽きっぽいハルタが一ヶ月以上も頑張った。母親はついに折れて、ハルタがカート教室に通うことを許した。
 あれから四年経った。ハルタは月に二回、サーキットに行っている。そのくせ、毎日サーキットに出没する金持ちの子よりも速い。年齢別の大会でも、何度か優勝した。うらやましいやつだ。おれなんか、部活のバスケでは県大会に進んだこともない。

 ハルタの運動能力や動体視力みたいに飛び抜けたものを、おれは持っていない。少し人より器用に勉強できて、優等生らしい振る舞いを知っているだけ。
「つまんないやつ。前からわかってたけど」
 おれは参考書を枕の上に投げ出した。

 島での様子を知らせてほしいと、両親からも田宮先生からも言われている。おれとハルタで共有するようにと、ケータイを一台、契約して持たされた。でも、ここはケータイの電波が届いていない。連絡するには、スバルさんの固定電話かパソコンを借りるしかない。
 また睡眠発作が起きましたなんて、報告したくない。大丈夫ですと嘘をついても、きっとハルタが暴露してしまう。こっちから連絡しなければしないで、そのうち両親や田宮先生から電話がかかってくるんだろう。

 面倒くさい。
 疲れ果てている。全部イヤになる瞬間が、発作みたいにやって来る。衝動的に爪と指の間に工具を突き込んだことが、一度だけある。