「……やっぱりおかしい」
 木曜日。図書室のカウンターで肘をつきながら俺はぼそりと呟いた。昨日も警備員がくるギリギリまで図書室に残っていたが、結局希美さんは現れなかった。最後に彼女と会ってから、もう一ヶ月は経とうとしている。
「はあ……」
 行き場のないため息ばかりが口から漏れる。そんな声さえも自分にはよく聞こえるほど、図書室は静かだった。
 希美さんが入院している病院は学校のすぐ近くにある。何度かお見舞いに行こうかと思ったのだけれど、情けない話し、怖くてまだ行けていない。希美さんと会っていた頃に、「お見舞いに行きますよ!」と張り切って言ったこともあるのだけれど、入院中の姿は恥ずかしいから見られたくないという理由で、結局一度も訪れたことはなかった。
「……」 
 ぼんやりと、かつて希美さんと一緒に見ていた風景を見つめる。希美さんと見ていた時は、この部屋には誰もいなかった。なのに、同じ制服を着た生徒たちが溢れかえっている今の景色の方が、なぜか虚しく感じる。なんだか、形だけ華やかに見せた映画みたいに。
そんなことを思っている自分の隣では、先ほどから忙しなく高山がリスト表みたいなものをチェックしている。どうやら以前から言っていた、入れ替え予定となる本の種類をチェックしているみたいだ。
話しかけると自分もやらされそうなので黙っておこうと思った時、突然賑やかな笑い声と共に図書室の扉が勢いよく開いた。
「そしたら田端のやつがさ……」
下品な笑い声と一緒に図書室に入ってきたのは、何故か草間とその一味だった。
なんでアイツらが? と俺は思わず顔をあげた。さっきまで静かだった室内に、ざわめきが起こる。
「ちょっと! 図書室は私語禁止よ!」
カウンターに手を置いて立ち上がった高山が、キリっと草間たちを睨みながら言った。普段はおっかない彼女だが、こういう時は頼りになる。そんなことを男である自分が一瞬思ってしまい、思わず情けなくなって目を伏せる。
「ああ?」とケンカ腰に草間は声を漏らし高山を睨み返してきたが、隣にいた女子が「やめなってば」と彼をなだめた。ぞろぞろと迷惑な六人が入ってきたせいか、図書室にいた生徒たちが次々と出て行く。そんな中を我が物顔で草間たちは真ん中のテーブルを陣取る。
「ってか草間が図書室にいるなんて超ウケんだけど!」
高山に注意されたばかりなのに、金髪ロングヘアーの女子が面白そうに騒ぐ。その言葉に、「はっ? 俺だって勉強する時はするんだぜ!」と草間は何が楽しいのか、誰かが置き忘れた文庫本を手に取り、大げさに読むフリをしている。しかも、逆さだ。
ギャハハハと、ほんとに女子ですか? と疑いたくなる下品な笑い声で、周りにいるギャル達が騒ぐ。
ほんとにアイツら何しにきたんだよ……
再び高山に注意されている男女六人組をチラリと見て、心の中で呟く。図書室の女王のように直接は言えないので、「早く帰れよ」と胸の中で念を送る。
「ったく、何しにきたのよアイツら」
ドスン、と隣に座った高山が愚痴をこぼした。怒りの元凶となっているメンバーは、注意されたばかりなのにさっそくコソコソ話しで話し始める。
「ってかなんだよあのブス。マジうざいって」
「ちょ、花梨やめなって。聞こえる聞こえる」
明らかに高山に聞こえるような声で女子たちが話し始めた。これはヤバイ……と俺は隣に座る人物をチラリと伺う。すると案の定、赤い眼鏡をつけた彼女はすでに雷神様モードだ。
目の前のテーブルで騒いでいる連中も危険人物だが、真横で噴火しかけている図書委員もかなり危険。そんな脅威に板挟みされて、俺は思わずゴクリと喉鳴らす。するとさっきまでのバカっぽい口調ではなく、真面目な声のトーンで金髪女子が口を開いた。
「草間、さすがにそれはマズイって」
不安そうな表情を浮かべて草間の肩をゆする彼女の言葉に、俺はチラリと彼の方を見た。すると、信じられないことに彼はズボンのポケットから煙草をこっそりと取り出す。
え?
思わずその光景にドクンと心臓が震えた。まさかここで吸うつもりなのか? と目を見開くも、相手はやはりそのつもりなのか、箱の蓋をあける。テーブルの下に隠しているせいか、高山の方からは見えないらしい。
どうしよう、と一人で狼狽えていると、再び金髪女子の声が聞こえる。
「もし火事とかになったらどうすんのさ? ぜったいヤバいって」
「は? なるわけないだろ。それに図書室なんて燃えたところで誰も困らねーって」
その言葉に、無意識に右手がピクリと動いた。胸の奥で、恐怖とは違う感情がざわりと一瞬動く。
「いやいや。火事になんなくても、バレたら図書室使えなくなるかもよ」
草間の隣に座っていた男子が、面白そうに呟く。すると草間は、「はっ」と嘲笑するかのように笑った。
「図書室なんてどうせ根暗は人間の溜まり場だろ? こんなとこ必要としてる人間なんてどうせロクなやつじゃないって。なんなら俺が綺麗さっぱり掃除してやろうか?」
そう言うと草間は手元にあった本を左手で持ち上げた。そして胸ポケットから堂々とライターを取り出すと、悪ふざけのつもりなのかゆっくりと本に近づける。
「ヤバイ! マジで燃えるって」
笑いながら声を上げる女子。悪ふざけをやめない草間と、それを盛り上げようとする他の男子。「まずは一冊!」と草間が言ってライターに火をつけた時、見覚えのある表紙がチラリと視界に映った。

私、この本すっごく好きなんだ。

いつかの希美さんの言葉が、脳裏に響いた。その瞬間、胸に強烈な痛みが走る。「ちょっとあんた達!」と高山の声が聞こえたのは一瞬のことで、カッと熱くなった意識には、もう何の音も消えなかった。
俺は反射的に立ち上がると、カウンターを出て草間のところに一直線に向かう。込み上げてくるのは恐怖なんかじゃなく、胸を引き裂くような痛みと怒りだった。
「やめろよ」
意識する間も無く、右手が勝手に草間の腕を掴んだ。直後、「んだよテメェ!」と怒鳴り声が鼓膜を激しく揺らす。相手は掴まれていた腕を振り払うと、勢いよく立ち上がった。
「お前、俺にケンカ売るなんていい度胸してんじゃねえか」
そう言うと草間は、グッと伸ばしてきた左手で胸ぐらを掴んできた。その力に、一瞬息ができなくなる。
「やめとけって草間」と隣にいた男子が声を漏らすも、草間はその手を離さない。それでも俺は、相手の顔を睨み続けた。
「なんだよその顔、ビビってんのか?」
その声が聞こえた瞬間、草間が右手の拳を上げたのが見えた。「きゃっ!」と女子の短い叫び声が聞こえたのと、左頬に骨の砕けるような激痛が走ったのは同時だった。
一瞬頭が真っ白になったかと思うと、俺はそのまま後ろに倒れこむ。ガチャンと椅子が倒れる音や、生徒たちが騒ぐ声が、閉じた瞼の向こう側から聞こえてくる。痛みに耐えるようにぐっと歯をくいしばると、錆びた鉄みたいな味がじわりと口の中に広がった。
頬を押さえながら上半身を起こすと、うっすらと目を開けて相手を見上げる。痛みで滲んだ視界に、草間が嘲笑する姿が映った。
「陰キャラのくせに何いきってんだ!」
そう言って相手は再び本を掴むと、勢いよく振りかぶった。「やめ……」と思わず右手を伸ばすも、草間の腕が振り下ろされる。その瞬間、鋭い風が左耳をかすめた。無残にも椅子に叩きつけられた本が、バサリと音を立てて床に落ちる。くしゃくしゃに折り曲がったページが、まるで助けを求めるかのように指先に触れた瞬間、心臓がぎゅっと握りつぶされたように痛んだ。大切な人との繋がりが、音もなく崩れ堕ちていく。
「……謝れよ」
 頭を伏せたまま、ぼそりと呟いた。その言葉に、「は?」と草間の冷めた声が頭上から聞こえる。それでも俺は、本を持ってゆっくりと立ち上がると、左頬の痛みも忘れて相手を睨む。
「だから謝れって」
 そう言って、右手に持った本を草間の方へと突き出す。すると向こうが、呆れたような笑い声を発した。
「ははっ! こいつ馬鹿じゃねーの? 本に謝れって」
 お腹を押さえて馬鹿笑いする草間につられるように、周りの連中もクスクスと笑う。「さすが図書委員」と揶揄する声も聞こえてくる。
「……」
 別に恥ずかしくなかった。笑われることも、バカにされることも。そんなことを気にする余裕もないぐらい、痛みと一緒に激しい怒りが心を支配していた。周りに次々と集まってくる生徒たちの視線を感じながら、俺はゆっくりと本をテーブルに置く。
「あーあ、もうグシャグシャだから読めねーな。残念!」
 再び聞こえてきた草間のふざけた声に、胸の奥でプツリと何かが途切れた。その瞬間、俺はわき目もふらずに草間に駆け寄ると、両手で相手の胸ぐらをありったけの力で掴む。その勢いに、自分たちの身体が床へと倒れた。
「てめぇ!」
 自分の下敷きになっている草間が、鬼の形相で睨んでくる。それでも俺は、馬乗りになったまま、胸ぐらを掴んだ手を離さない。すると激しい痛みが、また右頬を襲った。あまりの痛さと衝撃に、意識が一瞬飛びそうになる。
「っく」
 ぎゅっと歯を食いしばって上半身を支える。そして両腕に力を込めると、大声で叫ぶ。「
「だから謝れって言ってるだろ!」
 ダン、と相手の身体を床へと強く叩きつける。草間は少し驚いたような表情を見せたかと思うと、すぐに鋭い目つきに戻った。
「コイツ……マジで殺してやる」
 そう言って草間は激しく身体を動かして、抜け出そうとする。それを押さえ込むように、必死に相手の胸ぐらを握りしめる。
「コラ! やめろお前たち」
 耳をつんざくような怒鳴り声が聞こえたかと思うと、突然自分の身体が草間から引き離された。「やめろよ!」と、羽交い締めにされた自分の身体を激しく揺らす。草間を見ると、同じように先生に身体を押さえ込まれていた。
「謝るまで、許さないからな!」
 ありったけの声で叫んだ。喉が、ちぎれるかと思った。頬と口の中が焼けるように痛くて、足元には血がついていた。でも、そんな痛みなんかより、心が、胸の奥の方がずっと痛い。
「やめなさい君たち!」と、先生がぐっと腕に力を入れてきた。身動きが取れなくなった身体が、テーブルの上へと押さえつけられる。そんな自分の目の前に、グシャグシャになったあの本が視界に映る。
「……」
 手を伸ばせばそこにあるのに、まるで消えていこうとするかのように視界が滲んでいく。あまりに悔しすぎて、情けなさすぎて、もう誰の声も、俺の耳には聞こえなかった。

「イタっ」
 頬にガーゼが当たった瞬間、思わず声が漏れた。「ちょっと我慢してね」と少ししわがれた声で松山先生が言った。
「私でごめんね。保健室の先生がもう帰っちゃたから」
「い、いえ……」
 そう言いながらも保健室で自分の手当てをしてくれる先生に、俺は出来る限りの笑顔を浮かべる。が、上げた口端は苦笑いにすぐに化ける。
「これでよし」と先生は満足げな声で呟くと、なぜかペチンとガーゼの上を叩いた。その衝撃に、「イッタ!」と先ほどの二倍の声量が出る。
「あら、ごめんなさい」
「……」
 俺は少し目を細めると、ヒリヒリと痛む頬を優しく撫でた。すると先生が少し驚いたような口調で口を開く。
「でもビックリしたわ。まさか藤川くんがあんなにも図書委員として責任感と正義感を持ってたなんて」
 そう言うと先生は目の前で何度もうんうんと頷く。それを見て俺は目を逸らすと、再び苦笑いを浮かべた。
 べつに図書委員として怒ったわけじゃないんだけど……
 そんなことを思うも、もちろんこの状況で口に出せるわけがない。というより、自分自身でもいまだに信じられなかった。まさか俺が、あの草間とケンカをしたなんて。
 栄誉ある傷だと思いこもうとするも、左頬に触れて感じるのは、自信ではなくやっぱり痛みだ。
 これは帰ったらねーちゃんに笑われるな、と何となく思った時、先生が真面目な顔つきで言った。
「でもね藤川くん。本を扱う人間なら、暴力に頼ったらいけませんよ」
「……すいません」
 諭すような口調で話す先生の言葉に、思わず視線を伏せる。咄嗟のことだったとはいえ、手を出してしまったことには、ちょっと後悔していた。そんな自分の心境を察するかのように、松崎先生が再び優しい声で言う。
「ねえ藤川くん。最初の『本』はいつ生まれたのか知ってる?」
「え?」
 突然出された問題に、きょとんした表情を浮かべた。自分の家族の誕生日ですらまともに覚えていないのに、『本』が誕生した日なんて知っているわけがない。
 それでも眉間に皺を寄せて「うーん」と唸っていると、目の前で先生がにっこりと笑った。
「一番最初の本が生まれたのはね、今から三千年以上も昔って言われてるのよ」
「そんなに前なんですか?」
 先生の言葉に、俺は思わず目を丸くする。けっこう昔からあるのだとは思っていたけれど、まさかそんなに古いとは思わなかった。というより、そんなことを知ってるなんて、さすが図書委員の担当先生だ。
 自分のリアクションがよっぽど面白かったのか、先生はクスクスと笑いながら「そうよ」と言った。
「そう考えると、本ってすごいわよね。たとえ書いた本人がもうこの世にいなくなったとしても、本として残れば、ずーっと後世の人にも自分の気持ちや考え方を伝えることができるんだから」
「……」
 なんだか壮大になってきた話しに、眉毛をぎゅっと寄せて想像してみる。昔の人たちが、今の自分たちに向けたメッセージ。それは物語として伝えられているものもあれば、きっと日記みたいな形で残っているものもあるのだろう。同じように、今日誰かが書いた物語は、そんなずっと先の未来まで残っていくのかもしれない。
「手紙もそうだけれどね、相手に大切な言葉を残すって、素敵なことじゃないかしら」
 先生はそう言いながら、ふっとその目を和らげた。自分とは違う、色んなことを知ってる瞳が、俺の顔を映す。
「昔の人はそうやって、大切な人たちに自分のことを覚えてもらってたのかもしれないわね。今とは違って、写真もビデオも無かった頃は……」
 大切な人に、自分のことを覚えててもらう。その言葉に、希美さんと屋上で話した日のことが心に浮かんだ。俺は希美さんに、何か伝えることができただろうか? 残すことができただろうか? たぶんまだ……何も届けることはできていない。
 そんなことを胸の奥で思い、ぐっと右手に力を込める。あの時、希美さんに約束したことが、心の中で行き場を求めて彷徨っている。
 黙り込んだままでいる自分を見て、先生はにっこりと笑った。
「だから本を大切にしてくれる藤川くんなら、きっと自分にとって大切な人も大事にできるはずよ」
「……」
 先生の言葉が、迷ってばかりいるの自分の気持ちに、風を吹かせる。その風が向かう先に、会いたい人がいる。
 自分の心の中で一つの決意が固まった時、やるべきことが、進むべき道が、目の前に見えた。やっぱり俺は、希美さんに会いたい。
「あらやだ、もうこんな時間」と壁に掛かった時計を見て先生が言った。そして立ち上がると、微笑んだままの唇をゆっくりと開く。
「藤川くんみたいな子が図書委員になってくれて、本当に良かったわ。ありがとう」
 嘘偽りのない先生の真っ直ぐな感謝の言葉に、思わず鼻の先っぽがむず痒くなる。「いや、そんな……」とぎこちなく口を開くと、今度はうっとりとしたような口調で先生の声が聞こえた。
「私があと三十年若かったらねぇ」
「……」
 再び真っ直ぐな目で見つめてくる松山先生。そんな先生に苦笑いを浮かべると、俺は逃げるように、そっと視線を逸らした。

「え? 明日は来れないって……どういうことよ?」
 翌日の放課後。図書室前の廊下で高山が怪訝そうに言った。その言葉に、「ほんとごめん!」と俺は大きく頭を下げる。
「明日どうしても、山形の実家に行かなきゃいけなくて……」
 俺はそう言うと、ぎゅっと目を瞑った。頭上では、呆れ返った高山のため息が響く。
「そんなこと急に言われても……明日は図書室の本を入れ替える日だって前々から言ってたよね?」
 ええ、おっしゃる通りです。としか言うことができない。それでも俺は、相手ができる限り納得してくれそうな言い訳を述べる。
「その……親戚みんなが集まるみたいで……滅多に会えないばあちゃんも、久しぶりに孫の顔を見たいって言うし……」
 相手の様子を伺いながら、俺は恐る恐る話した。本当は……嘘だ。俺の実家は山形ではなく、家から徒歩五分のところにあるし、何ならばあちゃんだって二日に一回のペースで会っている。でも、明日は……
「ほんとごめん! これからは毎日図書委員の仕事するから」
 パシンと神様に手を合わせるように、俺は勢いよく両手をくっつけた。嘘をつく心がチクリと痛むが、それ以上に、やらなければいけないことが胸の奥を突き動かす。
 間違いなく怒鳴られるだろう。ゴクリと唾を飲み、そんなことを覚悟すると、予想外にも落ち着いた声が耳に届いた。
「はあ……仕方ないわね。あんたにはこの前図書室を守ってくれた件もあるし……」
 ほんとに! とぱっと顔を上げると、相手がすかさずキリッとした目で睨んでくる。
「ただし! 図書委員の仕事を毎日こなす以外にも条件があるわ」
「げっマジかよ!」
「当たり前でしょ。あんたがいない代わりに、か弱い女子たちが力仕事するんだからそれぐらいやってもらわないと」
「……」
 後輩の女子たちはともかく、目の前の人物に『か弱い』なんて言葉は当てはまるのだろうか? そんな関係のないことを一瞬考えてしまうと、相手はそれを見抜いてくるかのように、「なに?」とさらに目を細めた。
「いえ、何も……って、ほかの条件って何だよ?」
 ぜったい簡単なことじゃないだろ、と思いながら恐る恐る尋ねると、相手はニッと口端を上げて不敵な笑みを浮かべた。
「感謝の気持ちとして今度みんなに差し入れを買ってくること! んーっとそうだな……チョコレートにマカロンでしょ。あ、あとモロゾフのプリン!」
「え、ちょっ、ちょっと待って。それ……割りに合わなくない?」
「何言ってんのよ。これでもまだ我慢してあげてるほうなのに。文句言うんだったらタピオカ人数分も付け足すわよ」
「げっ」と俺はそこで反抗することをやめた。これ以上噛み付くと、本当にタピオカ人数分まで買わされそうになってしまう。
「わかったよ……」としぶしぶモロゾフのプリンまでは承認すると、俺はため息をついて肩を落とした。相手はというと、「やった!」といつの間にか眉間の皺を緩めると穏やかな表情に戻っていた。
「じゃあ明日はそういうことだから……」
 右手をひらりと動かしそう伝えると、俺は背を向けて帰ろうとした。するとガシッと右肩をホールドされる。
「ちょっと、なんで帰ろうとしてんのよ」
「なんでって、今日は図書委員の当番じゃないし……」
「は? 何言ってんのよ。これから毎日やるってさっき言ったじゃん」
「え?」
 俺は思わず目を見開く。
「あれは来週からって意味で……」
「来週も今週も一緒でしょ! それに今日一年生の武田さん風邪で休みなんだし、人手が足らないんだから」
 マジかよ……、と声を漏らすも相手はもうその気なのか、肩を掴んでいた手で今度は右腕を掴んでくる。手錠のようにしっかりと繋ぎとめられたその手を見て、俺は諦めたようにため息をついた。
「……わかったよ」