ようやく、高士は三人の意図を掴んだ。

 ――ほんと、バッカじゃねえの。

 出会ってたったの二日だ。彼らの性格なんて全然知らないはずなのに、文健も胡桃も美保もどこか変わったように見えたのが不思議だった。昨日だったら、文健や美保は恥ずかしがってこんなことはやらなかっただろうし、そもそも、胡桃はリスクを負ってまで《プラマリア・センタ》には来ないだろう。

 文健にも胡桃にも美保にも何かきっかけがあって、各々が何かを思って変化したのだろう。それを高士にも伝えたいがためだけにこんな馬鹿なことをしたのだと思うと、堪え切れない笑いが込み上げてきた。

「……暴力で報復するなら、俺は今までと変わらねえもんな。お前らが言いてえのって、そういうことだろ?」

 高士が不敵に笑ったのを合図に、レインボーレンジャーたちは笑顔で頷いた。四人の意思が一つにまとまった一体感を感じながら、戦隊ヒーローお決まりの台詞が彼らの口から発せられた。

「夢もなく適当にやって来たゆとりでも、男心の掌握ならお手の物! 淫乱ピンク! 相葉胡桃!」

「悲観的で文句だらけ! 口だけの男だけど、将来はビックになるぞ! 自惚れブルー! 芳野文健!」

「田舎は馬鹿にされても、未来は馬鹿にさせない! カッペグリーン! 椎名美保! そして……!」

 高士は両肘を胸の前でクロスさせ、今にもビームを出しそうなヒーローっぽいポーズで決めてみせた。

「ギャンブル好きな暴力野郎、でも仲間に手出しはさせねえ! ろくでなしイエロー! 境高士! アンド!」

 高士はシロヤマの腕の中にいるルーシーを指差し、裏声を作った。

「敵かと思ったら実は味方! 隠れヒーロー、インテリブラック! ルーシー! 五人揃って、イロモノ戦隊レインボーレンジャーだ! 仲間のブラックを傷つけた奴は、俺たちが許さない!」

 事前に打ち合わせをした訳ではないのに、みんな脚本とは自己紹介が変わっていた。その内容は戦隊物では有り得ないのかもしれないが、悪くないなと思った。

 しばし沈黙が流れ、耳が痛くなるほどの本当の静寂に包まれた。

「……な、なんだそれは? ……あはははは!」

 もしシロヤマが噴き出すのがあと数秒遅ければ、文健あたりはこの空気に耐えられなかったのではないかと思う。声を上げて笑っているシロヤマを見て、アイザワもクロカワも目を見開いて驚いていた。

「……シロちゃんがそんな風に声を出して笑うところって、初めて見たかも~!」

 気に入らない喋り方で、アイザワがどこか嬉しそうに言った。高士がアイザワを気に入らない理由は喋り方だけではなく、人間関係を面白がって観察する性格の悪さもあった。現に今、彼女はクロカワに挑発的な視線を送っている。視線の先にいるクロカワはアイザワには見向きもせず、全員氷漬けに出来そうな程に冷たい目で、四人と一羽を観察していた。

「……成程。予想していたよりもはるかに、気に入らない連中ね。特に高士、あんたは容姿に品がない上に言葉遣いも汚いし頭も悪そうで、まるで生きている価値がないわ」

「お前に言われたかねえな。俺、気の強そうな美人ってそそる方なんだけど、あんたじゃ勃たないし。さっさとルーシーの仇を取ることにするわ」

「あんたみたいな野蛮な男にどう思われてもいいわ。言ったでしょう? 私は勝利の女神よ。名前の通り勝利を司る神の私に、あんたたちが勝つということは有り得ない話。私に負けるということがここでの死を意味することくらい、馬鹿でもわかるわね?」

「そうでもねえよ? お前にも勝てないことはあるさ」

 高士の人生、プライドが高くて頭の固い女に縁がなかったわけじゃない。何も考えずに生きてきた高士だからこそ、出会った女も、別れた女も多かった。

 多くの経験を元に、高士はまだ笑いの余韻が残っているシロヤマに近寄っていった。

 そして周囲の見守る中――そのままシロヤマの体を引き寄せ、彼女の唇を奪った。

 あまりの速さと自然さに、見ていた者たちが止める暇なんて全くなかった。唇を離した高士の頬をシロヤマが張り、乾いた音がその場に響いたとき、やっと文健が声をあげた。

「こっ、ここ、高士、お前! 何やってんだよお!?」

「おー。人間じゃなくても、唇はあったかくて柔らけえんだな」

 呑気に感想を口にする高士に、クロカワが激昂した表情で詰め寄った。

「貴様……! よくも、よくもよくも私の女に手を出してくれたわね! 貴様は絶対にここで殺す! 死神も異論はないわよね!?」

「だから私はお前のモノではないと、何度も言っているだろう」

 シロヤマは唇を袖で拭きながら、不愉快そうに言った。

「んだよ、キス一つで大袈裟だな。神様って以外と純情なのか? ところでシロヤマ。俺のキス、クロカワと比べるとどうだ?」

「どうもこうもない。どちらも同じくらい不愉快だ」

 シロヤマがその言葉を発したとき、高士以外の誰もが「あ」と口にした。
「はっはー。これで証明出来ただろうが。人間だろうと神だろうと、勝ち負けが決めらんねえこともあるんだっての。特に、気持ちが関わってくるときはな」

 呆然とする一同の中で、最初に笑ったのは胡桃だった。

「……ちょっと高士。あんた今、文健並みに恥ずかしいこと言ったわよ」

「うわ、マジか。文健レベルなんて屈辱で死ねるわ」

「なんで俺を引き合いに出すんだよ!」

 憤る文健に美保も笑った。ヒーローショーは王道を貫いたとは言えない仕上がりだったものの、暴力に頼らず神たちの鼻を明かせたことに高士は満足していた。だが満足したからと言って、ここで終わりというわけにはいかない。

「家に帰るまでが遠足」とは、高士でも知っている有名な言葉だ。

「……ねえ~、どうするのぉクロちゃん? この子たち、このまま人間界に帰すつもり~?」

「……お前は本当に性格の悪い女ね。勿論、このまま帰すわけがないわ」

 この場に再び緊張の糸が張り巡らされた。怯える美保を庇うように高士が一歩前に出ると、クロカワは短く溜息を吐いた。

「……って、そう思っていても、勝利の女神である私が勝負事に関して不正や言い訳が出来るはずがないわ。……私はこの勝負に勝ってもいないし、負けてもいない。だからこいつらを手にかけることは出来ない。その代わり、あんたたちも私に何かを要求することは出来ない。そういうことでしょ?」

 なんだかんだいっても、その名前を司る神様らしい。これまで散々好き勝手に動いて、ルーシーを傷つけ、四人やシロヤマを振り回してきたクロカワは、ここで初めて公平な判断を下した。

「いいとこあるじゃねえか、クロカワ!」

 高士が笑顔で話しかけると、クロカワは心底嫌そうな顔をした。

「調子に乗るのは早いわよ。あんたたち、これから生きていく上で苦労するんだから」

「え? それって、どういうことですか?」

 心配性の文健がすぐに訊き返したが、これ以上余計なことは教えないと言わんばかりに、クロカワはそっぽを向いてしまった。

「つまり、お前たちは運命の女神の管理対象外となり、勝利の女神の恩恵を受けることも出来なくなった。だからお前たち四人の人生はこれからどうなるのか、まったくもってわからないものになったということだ」

 シロヤマの言葉を受けて顔を見合わせた四人は、ほぼ同時に噴き出した。

「……この先神様のご加護が受けられないなんて、今までだったら不安で震えていたと思います。でも、今は何故か、楽しみでしょうがないんです」

「不思議よね、わたしも。自分の前に決まったレールがないことがこんなにも胸が膨らむことだなんて、想像もしなかった」

 美保と胡桃が少しだけ目を潤ませながら笑った。

「朱に交われば、赤くなるってことか」

「どういう意味だ? レインボーレンジャーにレッドはいねえぞ?」

 一人納得した顔で言った文健に高士が突っ込むと、

「みんながレッドだったってことだ。俺たちは出会えてよかったんだよ。高士だってそう思うだろ?」

 文健は今更年上ぶってそう答えた。いつも通り文健をからかってやろうとも思ったが、出会えてよかったという言葉には同意した高士は、静かに頷くだけに留めておいた。

「はいは~い! 青春群像劇は一旦ここまでだよ~☆ うん、私も楽しませて貰ったし、みんなを人間界に帰すことに勿論文句はないよぉ~☆ ねえねえ、シロちゃんは何か言いたいこととかあるの~? もうここで四人とはお別れなんでしょ~? ちょっと寂しかったりするんじゃな~い?」

 シロヤマは小さく肩をすくめた後、誰とも目を合わせずに言った。

「私は死神だぞ。寂しいわけがあるか。……だが、お前らがこいつらを殺さなかったことには……感謝している。……最後は公平にこいつらと向き合ったクロカワの性分や、アイザワの何事も楽しもうとする姿勢は、嫌いではない。……人間の死期を司るのは私の仕事だからな。一応、礼を述べておく」

 シロヤマがたどたどしくも言葉を紡ぎ終えた瞬間、高士は彼女が神たちから愛される理由がわかった気がした。黒服に身を包んだシロヤマはいつも無愛想で、仕草や話し方からはまるで可愛らしさが感じられない。だがその分、照れているときの破壊力が大きいのだと。現に、アイザワもクロカワもシロヤマに抱きつき、寵愛の言葉を競うように囁いては、鬱陶しがられていた。

 これはキスしておいて正解だったかもしれないと、高士は得した気分になった。