久保田くんは片手を差し出し、こちらを見つめている。私はその手を取ることも、叩くこともできないまま、ただ見つめ返した。緊張しているのか、久保田くんの顔が少しだけ強張って見える。

 どうしてだろう。こんな状況で、脳裏に浮かんだのは侑希の顔だった。
 
 いつもからかうようなことばかり言ってくるくせに、私のことをよく見ていて、とても優しくて、格好よくて、スポーツができて、勉強もできて……──憎らしいくらいまっすぐに、他の誰かさんが大好きな幼なじみ。

「ご、ごめんなさい……」

 掠れる声を絞り出した瞬間に、久保田くんの顔に落胆の表情が浮かぶ。
 けれど、すぐに手を引き、緩く拳を握ると、少し寂しそうににこっと笑った。

「いいよ。こればっかりは仕方がない」
「私……」

 次ぐ言葉が出てこない。でも、なぜかまた脳裏に、こっちを見て笑顔で『よう、雫!』と呼びかけてくる侑希の顔が浮かんだ。

 ああ、そっか……。

 色んな事が、ストンと得心した。
 なんで侑希が女の子といるともやもやするのかも、お花見のときにあんなにイライラしたのかも、些細な気遣いが嬉しかったのかも、全部全部、すんなりと腑に落ちる。そして、自分の中に落ちていた欠片が組み上がり、輪郭を顕にしてゆく。

 いつからだろう。自分でも気づかないうちに、私はとっくのとうに落ちていたのだ。

「──私ね、好きな人がいるの」

 自然と、そんな台詞が口から出た。
 その言葉に、久保田くんはじっとこちらを見つめたまま少し首を傾げる。

「それって……」

 何かを言いかけたが、思い直すようにゆるゆると首を振った。

「わかった。断られたけれど、ちゃんと言えてよかった。これからも普通に接してくれたら、嬉しいな」
「うん」
「あーあ。今日はいいところ見せられたから、もしかしたらいけるかなって思っていたんだけど」

 久保田くんが天井を仰ぎ、ちえっと呟く。

「ごめんなさい」
「謝らないでよ。原田さんはその人と、うまくいくといいね」
「……うん」

 最後の「うん」は、殆ど声にならなかった。
 侑希は少なくとも去年の夏から一年近く、どこかの誰かに恋をしている。好きな子と上手く言っているかと聞くと、少し困ったように、けれど嬉しそうにはにかむ侑希の顔が脳裏に浮かぶ。

 目の奥がツーンと熱くなる。