そこに、帰り支度をすっかり終えた松本くんが夏帆ちゃんと帰るために近づいてきた。夏帆ちゃんはそれに気が付くと、鞄を肩にかけてすっくと立ちあがった。

「なんでもない! ふふっ。雫ちゃん、お大事ね」
「うん、ありがとう」

 松本くんの隣に駆け寄った夏帆ちゃんは意味ありげに口の端を上げると、ぶんぶんと手を振った。
  


 体育祭でさすがに皆疲れたのか、今日は教室に残って何かをする人は誰もいなかった。

 一人残された教室から窓の外を覗くと、校庭を取り囲むようにたくさん設営されていたテントも殆どが撤去されてなくなっている。もうすぐ片付けも終わるだろう。
 端っこでは、今日の競技に使った道具の数を確認しているのだろうか。ノートのようなものを片手に道具を弄っている生徒が何人かいるのも見えた。その中に侑希がいるのが見えて、私は窓際に立ってその様子を見つめた。侑希はボールを片手に持って、その場にいる女子生徒と話をしているようだった。

 たくさんの人から格好よかったって言われたって、言っていたな。
 
 侑希は綺麗な顔をしているから『格好いい』って女子に褒められるのなんて日常茶飯事だ。けれど、それを聞いた私は、一体誰に格好いいって言われたのだろうかと、もやもやが広がるのを感じた。

 そのまま窓の下を見下ろしていると、不意に背後のドアがガラッと開く気配がした。

「あれ?」

 声がして振り返ると、久保田くんがいた。

「原田さん、まだ帰ってなかったんだ」
「うん。久保田くんは、片づけの手伝い?」
「うん、そう」

 久保田くんはそう言いながら、自分の席の鞄を開いた。

「今日、最後のリレー凄かったね」

 声を掛けると、久保田くんが顔を上げてこちらを向く。

「アンカーで最後に一人抜いて、格好よかったよ」
「え? 格好よかった?」
「うん」
「ありがとう」

 久保田くんは照れたように頬を掻き、嬉しそうに笑う。傾いてきた太陽が室内に差し込み、二人きりの教室全体をオレンジ色に染めていた。

「じゃあ、褒められたついでにひとつだけ言ってもいい?」
「うん?」
「原田さんのことが好きです。付き合って下さい」 
「え?」

 微笑んで、こちらを見下ろす久保田くんを見て、私は呆然とした。

 好き? 私を? 付き合う?

 今まで言われたことのない台詞に、頭が混乱するのを感じた。