ギュッと左手首を摑まれ、腕を引かれる。侑希は何も言わずにズンズンと校舎の方へと歩き始めた。

「侑くん? どこ行くの? もうすぐリレーでしょ?」
「うんそう。だから急いでいる」
 
 そう言われると、大人しく従うほかない。そのまま連れていかれたのは、一階の保健室だ。

「先生。こいつ見て」

 ぶっきらぼうな声に、保健室で何かの書類を読んでいた藤井先生が顔を上げる。侑希と、その後ろに立つ私の姿を見とめると「あら」と声を上げた。

「あらあら。前にも見たような組み合わせね」

 藤井先生は持っていた書類を机の上に置くと、笑顔で「どうぞ入って」と丸い椅子に座るようにと勧めた。

「今日はどうしたの?」
「こいつ、多分怪我してる」
「多分?」
「歩き方がおかしかった」

 憮然とした表情で説明する侑希と、その横で小さくなる私の顔を藤井先生は交互に見比べる。

「歩き方ってことは、足ね。少し見せてくれる?」
「はい」

 おずおずと丸椅子に腰かけると、くるぶしまであるあるジャージをまくり上げる。

「ここ、擦りむいているわね。今、消毒するから」

 膝は、両方とも赤くなって右側は血が滲んでいた。丸くなったコットンを銀色の容器に入った消毒液に浸す。ピンセットで摘まんだそれでちょんちょんと患部を触れると、ピリッとした痛みが走った。

「痛いけどちょっと我慢してね」

 顔をしかめた私を一瞥した藤井先生は、軟膏を塗り大判絆創膏を取り出すと、慣れた様子で患部を覆い隠すように貼り付けた。

「後は、どこか痛い?」
「右の足首が……」
「歩けないくらい?」
「歩けますけど、ちょっと痛いです」

 藤井先生は私の右足を両手で持ち上げると、様子を見るようにぐるりと回した。その瞬間、またズキリと痛みが走る。

「痛っ!」
「うーん。軽い捻挫かな。湿布を貼って固定してあげる。どんどん腫れてきたり、痛みが酷かったら近くの整形外科に行ってね。その際はスポーツ保険が下りるから、教えて」

 湿布を取り出そうと藤井先生が立ち上がったタイミングで、窓の外から体育祭運営委員会の事務局放送が流れてきた。

『事務局からのお報せです。プログラム十五番。クラス別対抗リレーの選手に選ばれている生徒は、大会事務局横の黄色い旗の前に集合してください。繰り返します。プログラム十五番──』

「あっ……」