「ひどいこと言って。私が言うべきことじゃなかったよね」
「いいよ、別に。俺自身、そう思っていたから。いつまでも、これじゃ前に進めない。──ただ、関係が壊れるのが恐かったんだ」

 侑希は困ったように笑い、首を左右に振る。
 決して私を怒るわけではなく、自分自身に言い聞かせるように、ゆっくりとそう言った。

 ──ただ、関係が壊れるのが恐かったんだ。

 その一言で、いかに侑希がそのこの子のことを大切に思っているか、私にもわかった。きゅっと胸を捕まれるような、不思議な感覚をまた感じる。

「そんなこと、謝らなくていいのに」
「だって、悪いことしたし。侑くんと仲悪くなったら嫌だもん」
「そうなの?」
「そうだよ。侑くんのこと、大切だよ」

 ──大切なものは、失ってから気付くのでは遅すぎる。

 さくらの言葉を噛みしめる。
 侑希と少し険悪な雰囲気になっただけで、とても気持ちが落ち込んだ。きっと、自分の中で侑希は大切な存在なのだろうと思う。だって、幼稚園からの幼なじみだもの。
 
 ──当たり前すぎて、それがどんなに有難いことかが見えなくなるの。

 本当にその通りだね。関係が拗れるまで気が付かないなんて。

 返事がないことを不思議に思って横を向くと、侑希は片手で口元を押さえて向こう側を向いていた。髪の隙間から覗く耳がほんのりと赤い。

「侑くん?」
「こっち、見んな」

 頭をぐいっと押されて、向こうを向かされる。侑希の手のひらが当たった部分の髪の毛がぐしゃっと乱れるのを感じた。
 
「ひどーい。髪の毛がぐしゃぐしゃ」
「うるさい。お詫びはそのメンチカツで許してやる」
「え! 私が食べようと思っていたのにー!」

 ひょいとメンチカツを取り上げられて抗議の声を上げたとき、こちらを見下ろす侑希と目があった。すごく優しい目で見ていて、胸がトクンとはねる。
 空いている手が伸びてきて、また髪の毛をぐしゃっとされた。

「あー。やーめーてー!」

 慌てて髪を手で整える。じろりと睨み付けると、侑希は肩を揺らして笑っていた。

「もう!」
「ごめん、ごめん」

 侑希は顔の前で手を合わせて『ごめん』のポーズをとる。いつの間にかすっかり元通りになった二人の関係に、私は思わず笑みを洩らした。