──当たり前すぎて、それがどんなに有難いことかが見えなくなるの。

 あの言葉って、人に対しても同じなんじゃないかなって思った。
 やっぱり会って、もう一度ごめんなさいと伝えよう。私はそう決意するとすっくと立ちあがった。

「ありがとう、さくらさま。今夜にでも、もう一度、侑くんに謝ってくる」

 それを聞いたさくらはにっこり笑うように、目を細める。そして「ところで雫」と言った。

「なに?」
「なぜ、お主はそこでそんなことを言ってしまったと思う?」

 さくらにそう尋ねられ、私は戸惑った。自分でも、なぜあんなことを言ってしまったのかがわからないのだ。

「よくわからないけど、すごくイライラして……。カルシウム不足?」

 眉根を寄せて答えると、さくらは何とも言えないような表情で見つめてきた。

「これは、これは。悩むのも頷ける。なんとも手ごわいのう」
「何が?」
「人の心は、本人にもままならないということじゃ。もちろん、我にも人の心を変えることはできない」

 よくわからず、私はこてんと首を傾げる。それを見たさくらは、大層楽しそうに声を上げて笑った。



 今度こそ帰ろうとさくら坂神社を後にしてさくら坂を上る。その途中、後ろから「雫!」と呼び声が聞こえた気がして私は振り返った。
 目を凝らすと、坂の下、さくら坂高校の方から制服姿の男子が近づいてくる。遠目に見ても綺麗な茶髪は、侑希のそれに違いない。

「侑くん!?」

 私は驚いて声を上げる。まさか、こんなタイミングで侑希に会うとは思っていなかった。
侑希は制服姿でリュックを背負っていた。格好から判断するに、学校に行った帰りのようだ。

「偶然だな。部活?」

 私の目の前まで歩み寄ると、侑希はいつもと変わらぬ様子でにこりと笑って話しかけてきた。

「ううん。ちょっと用事があって」
「ああ、だから」
「だから?」
「制服じゃない」

 侑希に指摘されて、自分自身を見下ろす。今日はラフなズボンと長袖のシャツ、それにスニーカーを履いていた。

「侑くんは部活?」
「ううん。ちょっと、近くに用事があって、ついでに学校寄った。これから塾」
「ふうん」

 侑希の手に持っていた風来堂の紙袋を乱暴に潰すと、鞄に突っ込んだ。用事って、風来堂に用事だったのかな。どんだけあそこのスイーツが好きなんだろう。