その瞬間、侑希の表情がわかりやすく強張った。

 ──しまった。

 そう思ったときには、もう遅かった。

 一度口から飛び出してしまった言葉の刃(やいば)は、二度と元には戻せない。なんでこんな事を口走ってしまったのだろう。
 すぐに後悔の気持ちがどっと押し寄せてきた。

「ご、ごめんなさい……」

 謝ったって、相手を傷つけた事実を変えることなんてできない。そんなことわかっていたけれど、私はとりあえず謝った。それしかできることがなかったから。

 侑希は信じられないものを見るように、こちらを見て目を見開いていた。

「本当に、ごめん」

 もう一度頭を下げて謝ると、侑希は首を左右に力なく振る。

「いいよ」

 それは、とても静かな口調だった。
 怒っているように言葉を荒げるわけでもなく、なんの感情も読み取れないような、落ち着いた言い方。目に入った侑希の表情を見て、思わず息を呑んだ。歪んだ口元が、まるで泣いているように見えたのだ。

「本当に、男らしくないよな。わかっている」

  自嘲気味な笑いを漏らして、侑希が呟く。

「侑くん……」
「ごめん。俺、ちょっと一人になりたい。またな」

 侑希はそう言うと、さっさと玄関を開けて自宅に入ってしまった。残された私は呆然とその後ろ姿を見送り、立ち尽くした。

「……ただいま」
「おかえりー。今日は早いのね?」

 玄関を開けると、リビングから母親の明るい声が聞こえた。
 なんだか返事する気になれなくて、トントンと足早に階段を駆け上がる。自室の扉を後ろ手にパタンと閉じると、そこにもたれ掛かったままズルズルとへたり込んだ。

 先ほどの、表情を歪める侑希の顔が脳裏をよぎる。

 傷つけた。虫の居所が悪かった自分が不用意に口走った一言で、なんら非のない大切な幼なじみを傷付けたのだ。
 自らの浅はかさに、思わず涙が零れ落ちる。けれど、一番悲しい気持ちになったのは侑希だろう。

「なんであんなこと、言っちゃったんだろう」

 顔を覆い、両足を抱えるように項垂れる。傷つけた張本人である私には、泣く資格すらないような気がした。

    ◇ ◇ ◇

 翌日、私はさくら坂神社に向かった。
 いつものよう駅の近くの田中精肉店でメンチカツを二つ購入し、さくら坂を下りてゆく。すっかりと通い慣れた小路を曲がり、赤い鳥居をくぐった。