美しく咲く桜を眺めながら、ふとそんなことを思う。

 さくらは以前、祭りの夜は神様達で宴会をして楽しく酒を酌み交わすので、さくらの機嫌がよくて縁がたくさん繋がると言っていた。
 春は出会いの季節だ。今頃、さくらもお花見をしながらたくさんの縁を繋いでいるのかもしれない。
 けれど、あんな小さな子供の姿なのにお酒なんて飲んで大丈夫なのだろうか。実際には小さな子供の年齢ではないのはわかっているけれど、ちょっと心配になってしまう。

 人の波を潜り抜けてお手洗いを見つけたとき、見慣れた茶色い髪の後ろ姿が見えた気がして私は足を止めた。少し長めの茶色い髪の襟足が、時々着ているのを見かけるグレーのパーカーのフード部分に掛かっている。

 あ、侑くんだ。 お友達とお花見かな?
 後ろ姿を見ただけで、すぐにわかった。

「侑……」

 私は呼びかけようと片手を上げて声を出しかける。けれど、その横をにいる人の横顔が目に入って、すっと気持ちが冷めるのを感じた。
背中の真ん中の辺りまである長いロングヘアはサラサラのストレート。
 横にいる侑希と笑顔でお喋りしていたのは、以前に高校の文化祭で見た女の子だった。

 ──祭りの日は、我は機嫌がよい。たくさんの縁が繋がるじゃろう。

 以前にさくらが言った何気ない一言が、反響するように蘇る。
 上げていた片手を所在なく下ろすと、私は侑希に話しかけることなくその場を後にした。

    ◇ ◇ ◇

 タイミングが悪いことに、その日の夜は侑希と一緒に図書館に行こうと約束していた。

 問題集とノートを広げて勉強に集中しようと思うのに、なぜか頭の中で今日の昼間に見た光景が繰り返し再生される。その度に、感情が湧きたつような感覚に襲われ、目の前の問題に集中できない。
 あのときの侑希の表情は見えなかったけれど、きっと楽しそうに笑っていたんだろうな、なんて思うと無性にイライラした。

「雫、どうかしたのか?」

 侑希の声に、はっと我に返る。
 気付けば、怪訝な顔をした侑希がこちらを見つめていた。シャープペンシルを持ったまま、ぼーっとしてしまったようだ。ノートには字になっていない黒芯の跡が残っていた。

「あ、ちょっと疲れちゃって……」
「さては、春休みだからって遊び過ぎたんだろ?」