私が声を掛けると、ハッとしたように振り返った久保田くんは私に気付き、苦笑する。

「今日は日直だったから、生物のプリントを作るのを手伝えって山下先生に頼まれてさ。ちょっと部室にも用事があったら先にそっちに行ってから作業していたら、遅くなった」
「もう一人は?」
「山田さんだったんだけど、今日はピアノなんだって」
「そっか」

 寄ってみると、久保田くんは印刷されたプリントを五枚ひとまとめにして、ホッチキスで留める作業をしていた。私は持っていた鞄を机に置くと、久保田くんの前の席を前後ろ逆にして置き直し、そこに座った。

「手伝うよ。私が五枚ひとまとめにするから、久保田君がホッチキス止めしてくれる?」
「ありがとう」
 
 無言で作業していると、紙を重ねてゆくカサリという音とホッチキスを止めるカシャッという音が辺りに響く。

「よし。全部できた!」

 二人でやると、作業はあっという間に終わる。最後のひとセットをトントンと机の上で揃え、私は久保田くんに手渡した。

「ありがとう、原田さん」
「どういたしまして。これ、先生に届けるの?」
「うん。──原田さんは、今日も部活?」
「そうだよ。バレンタインデーだから、チョコのお菓子作ったの」

 そこまで言って、私はまだキャンディータイプのトリュフが残っていることを思い出し、鞄を開けた。思った通り、あと二粒残っている。

「これ、よかったらどうぞ。トリュフだよ」
「え? いいの?」

 久保田くんが、戸惑ったようにこちらを見つめる。

「いいよ。久保田くんはモテるから、チョコはもうたくさんって感じかもしれないけど」
「そんなことないよ。ありがとう」

 久保田くんは嬉しそうに笑うと、それを受け取った。

「部活が終わるのに合わせて、廊下の前に男子が何人も待っているの。これは、そういう人達にあげるよう。おかしいでしょ?」

 話しながら、先ほどの光景が脳裏に甦って笑いがこみ上げてくる。あの人達、一体いつから待っていたのだろうか。

「私、帰ろっかな」
「じゃあ、俺もこれ届けに行こうかな」

 プリントの束を持った久保田くんが立ち上がる。私も鞄を持って、立ち上がった。