「彼女はいないんだけど……好きな子がいるんだ。その子が好きだから、気持ちには応えられない」

 驚いたように見開いた瞳が、こちらを見つめている。

 最初から、こう言えばよかったんだ。変な嘘なんかつくから、こんなに拗れたりして。たった一言が伝えられずにいつまでもうじうじしている自分に比べて、玉砕を覚悟で挑める目の前の子はどんなに勇敢だろうかと思う。

「俺なんかに、好きって言ってくれてありがとう。本当に……ごめんね」
「ううん、大丈夫……」

 ふるふると首を振ったその子は「すっきりした。これからも、仲良くしてね」と笑い、その場を立ち去った。
 一人残された俺は額に手を当てると机に寄り掛かり、はあっとため息をつく。

 これほどまでに自分が間抜けで情けない野郎だと思ったことは、これまで一度もなかった。

    ◆ ◆ ◆

 今日の部室はいつも以上にピンクが溢れている。
 バレンタインデー当日のとなったこの日、クッキング部では『バレンタイン』をテーマにプレゼント用のお菓子のクッキングが行われた。作ったのは、ミルクチョコトリュフ、ハートのガトーショコラ、チョコチップクッキーの三種類だ。
 作ったものを彼氏に渡すという部員も何人かいて、みんな真剣な面持ちで作業に当たっていた。

「わー。この型すごくいいね。綺麗にできる」

 オーブンを開けると、甘ったるい香りが調理室全体を包み込んだ。取り出したミニケーキ型から焼きあがったミニケーキを取り出した友達の優衣ちゃんが、歓声を上げる。
 今日の部活のために、私は先日ショッピングモールで購入したハートのミニケーキ型を持ってきた。初めて使用したのだが、思った以上に綺麗な焼き上がりだ。一回に十二個焼けるので、すぐに洗って二回目を焼き始める。

「うーん、美味しい」
「本当だね。上手くできた!」

 部員が口々に感想を言い合う。クッキーやトリュフも完成したので、みんなで一通りの試食してみたら、作ったものはどれも美味しく出来上がっていた。
 多分、お店で買ったと言っても通じるくらいの仕上がりだと思う。

 その後、部員は各自でラッピングとデコレーション作業を始めた。完成したものを詰める箱や袋は皆で持ち寄り、好きなものを使用することになっている。