三枚目の豚肉にパン粉に付け終えると、お母さんは水道で手を洗い始めた。蛇口から流れ落ちる水が、白筋をつくっていた。

「侑くんはね、お医者さんになりたいんだって」
「へえ。すごいわね」
「うん、すごいの。侑くん、中三のときに腕を怪我したじゃん? そのとき、治療を受けてお医者さんになりたいって思ったんだって。高校入る頃にはそう決めていたみたいで、勉強もすごくできて、時々教えてもらってる」
「そっか。今頃、飛行機の上かしら?」
「そうだね」

 タオルで手を拭いたお母さんは、揚げよう鍋を取り出すと中に油を入れる。ガスの青い炎が鍋底からチロチロと覗いていた。

「しずちゃんも、侑くんも、来年にはもう高校二年生になるものね。進路を考えないとよね」
「うん。理学部に行っても、食品会社に入れるかどうかはわからないけど」
「そうね。でもそうやって、自分がやりたことを見つけられるのって、すごく素敵なことよ。好きこそものの上手なれ、ってね。頑張りなさい」
「うん」

 温まった油に衣の付いたトンカツを入れると、じゅわっと独特の油で揚げる音がする。その音に混じって、お母さんが「子供が大きくなるのって、早いなぁ」と小さく呟くのが聞こえた。

「もしも食品開発の研究員になったら、里帰りのたびに自分が開発した食品を持って帰ってくるよ」
「あら。じゃあ、お母さんごはん作りが楽になって大助かりだわ」

 お母さんは嬉しそうに笑って、そう言った。

    ◇ ◇ ◇

 普段の街灯に加え、たくさんのぼんぼりに照らされた境内は、たくさんの人で溢れている。私ははぐれないようにと慌てて両親の背中を追いかけた。

「毎年、毎年、本当に凄い人だねー」
「本当よ。こんなに夜遅くにみんな元気よねぇ?」

 お母さんは後ろにいる私の方を振り返り、頬に手を当ててぼやく。『こんなに夜遅くに出歩く元気な人』には自分達も含まれているのだが、そこには思考がまわらないようだ。

 時計を確認すると、時刻は午前〇時二十五分。先ほど除夜の鐘のゴーンという音が鳴り、年は変わり今は一月一日、元旦だ。
 我が家では毎年、年が変わるその時刻に合わせて地元の神社に初詣にいく。同じようなことを考える人というのはたくさんいるようで、いつもは静けさを保っている神社はこの日ばかりは大にぎわいだった。